2013/04/20

The story of PPG(連載第2回)

Part 2 何かが足りない?(VCFの仕組みを学ぶ)


 ウォルフガング・パームの最初のシンセサイザーはVCO、VCA、EGで構成されていた。すなわち、発振器とアンプ、そしてそれらの時間的変化を制御するエンベロープ・ジェネレータのみしか存在せず、VCFつまりフィルターは搭載していなかった。なぜなら、彼が聞いて衝撃を受けたキース・エマーソンのシンセ・ソロのフレーズの特徴はポルタメントによる音程の連続変化だったからである。フィルターは搭載していないものの、パーム氏の自作シンセはキーボードに至るまで "Dr.Boehm" のオルガン作成キットのマニュアルを基に自作された。それはキーの接点のハンダ付けまで自身で行った見事なものだった。しかし、フィルターなしではモーグ・シンセサイザーのサウンドに近づくことは難しかった。その独特なモーグ・フィルターの秘密は意外なきっかけで垣間見ることになるのである。

 パーム氏は自作シンセにフィルターを搭載することはできなかったが、自動演奏機能=シーケンサーを充実させようと考えた。当時はFET(電界効果トランジスタ)が世に出始めてパーム氏も入手することが可能になっていた。そこで、FET とコンデンサを使って完全に電子的にピッチを記憶させるシーケンス機能を開発することに成功したのである。当時のムーグ・モジュラーに搭載されたシーケンサーはアナログ・コントロールのタイプだった。音符を時系列に見立てたツマミがずらっと並んでいて、1ステップずつ音程をツマミで調節するのだ。そういったシーケンス機能に比べるとパーム氏の開発したメモリータイプのシーケンス機能は画期的な印象だったはずだ。

 パーム氏は自身のバンドのライブでそのシーケンサーを活用していた。ある日、そのライブを見たハンブルク出身のミュージシャンOkko Beckerが、所有していたMini Moogをパーム氏のシーケンサーで演奏したいと依頼を持ちかけてきたのである。そのため、パーム氏はOkko BeckerのMini Moogを数日貸し出してもらえることになった。彼は人生で始めて本物のモーグ・シンセサイザーを操作することになる。そして自作のシンセサイザーでそのサウンドが出せない理由、すなわちVCF(フィルター)の存在を知ることになった。

 彼は自作のシンセサイザーにフィルターを搭載するべく、良書とされる電子工学のハンドブックを参考にいくつかの回路を思索した。ところがどうしてもモーグ・シンセサイザーの独特のフィルター・サウンドが再現できない。パーム氏は再度Okko BeckerのMini Moogを借りてパネルの中を開けてVCFがどのように実装されているのかを確認した。モーグ・シンセサイザーのVCF回路は特許登録済みなのは知っていたが、どうしても自作のシンセサイザーにフィルターを搭載したかった彼は、後ろめたい気持ちを押し殺してその秘密を探ったのだった。

 このような技術的な紆余曲折を経て、パーム氏は彼の工房=PPG(Palm Products Germany)でフィルターも揃った完全なシンセ・ユニットを制作することになる。その出荷数はモーグ・シンセサイザーに比べれば微々たるものだったが大きな一歩だった。後代の名器、PPG Waveシリーズではライセンスされたチップを使うことにより実装された優秀なフィルターが搭載されていた。それは、この頃のアナログ・シンセ時代の試行錯誤が結実したものと言えるだろう。

「ウェーブテーブル」方式を採用した元祖とも言えるシンセサイザー「PPG」を生み出したWolfgang Palmが、iPad向けに新たに開発した「PPG WaveGenerator」がAppStoreにて販売されています。CCモードを使用すればFirefaceでその緻密なサウンドを完全に再現することが可能です。RMEとPPG、ドイツのマイスター企業の共演を是非お楽しみください。

2013/04/18

The story of PPG(連載第1回)

今回よりシリーズで、ドイツのシンセサイザー・メーカーPPGの創業者Wolfgang Palmの開発者ストーリーをお送りします。RMEとも通じるドイツの小規模なスタートアップ・ベンチャーが、日米の巨大メーカーとどのように張り合っていったのか。技術的にもSSMフィルターをデジタル音源に付与することで独特のPPGサウンドを形成するに至ったWave2.2の成功や、Fairlightのサンプラーの登場とその競争背景、シンクラビアとのハードディスク・レコーディング競争等々、興味深い内容が満載です。ぜひお楽しみください。

Part 1 シンセ・サウンドとの出会い(自作のVCO)

 あなたはウォルフガング・パームという人物をご存知だろうか?シンセサイザーの歴史において、モーグ、アープ、シーケンシャル・サーキット、オーバーハイムというアメリカのシンセ・メーカーと並んで、全く新しい発想のドイツ製シンセサイザーを多数世に送り出したエンジニア。これからパーム氏とシンセサイザーの熱き関わりの歴史を紹介する。その中で一人の人間のモノづくりの情熱とロマンに共感してもらえればとても嬉しく思う。

 ウォルフガング・パーム氏はハイスクールの頃から既にバンドを組んで音楽に親しんでいた。ギターを買うお金がなくても自分で作ってしまうような若者だった。ゴミとして捨てられていた安物の壊れたギターからネックを拝借。板切れを使ったボディにそれを装着する。そして自分でコイルを巻いてピックアップを作り手作りのギターを完成させてしまった。そんな手作りギターで、彼はBeatles、Rolling Stones、Spencer Davis Groupといった60年代のロックを演奏していた。

大学に進学したパーム氏は原子学、音響学、電子工学といった物理学全般を学ぶようになる。その頃はギターだけでなくFarfisaオルガンを演奏するようになっていた。60年代後半にはモーグ・モジュラー・シンセサイザーが生み出されて一部の先鋭的な音楽家の間ではシンセサイザーのサウンドが聴かれるようになっていた。しかし、一般的な認知は未だ低くパーム氏も例に漏れることはなかった。

 当時の音楽シーンでは60年代末くらいからそれまでになかった音楽性をもった新しい潮流が生まれていた。それがプログレッシヴ・ロックと言われるジャンルである。中でもモーグ・シンセサイザーで摩訶不思議なサウンドを操っていたのがキース・エマーソンだった。クラシック、ジャズとロックの全てに精通していた彼はピアノやオルガンの腕も一級品だったが、70年代に入ってからは自身のバンドEL&Pのアルバムやライブにおいてモーグ・シンセサイザーを使った先鋭的で刺激的なサウンドで強烈な個性を放っていた。

パーム氏は、ラジオから流れるEL&Pの"Lucky Man"を耳する。1970年のEL&Pのデビューアルバムのシングル曲、そこで展開された新鮮で刺激的なシンセ・サウンドに完全に魅了されてしまった。楽曲のエンディング近くで登場するソロ・パート、ポルタメントがかかったうねるような矩形波がユニゾンする図太い音――このサウンドがパーム氏の感性を揺さぶった。彼は完全にキース・エマーソンのファンになってしまった。


ところが、当時のパーム氏にはそのサウンドがどんな楽器を使ってどのように演奏されているのか想像もつかなかった。それくらいシンセサイザーの一般的な知名度は低かったのである。特にポルタメント効果による滑らかな音程変化に興味が集中した。彼は耳で聴いたサウンドからその仕組みを考え抜いてその答に辿りつく。電圧で音程をコントロールできる発振器、すなわちオシレータであれば実現できるに違いない。彼の演奏していたFalfisaオルガンの音程は12音階に固定されていた。これではキース・エマーソンのようなポルタメント効果をもつ演奏は不可能だ。特定のピッチにしばられず電圧制御によって自由に音程がコントロールできるなら可能だ。それは正にシンセサイザーのVCOそのものだったのである。

 既にパーム氏の中にトランジスタなどの電子パーツについての知識はあった。早速、彼は自分の頭脳で思い描いたVCOを自作する。さらには、オルガンの音声から制御電圧を生成するコンバーターすらも作ってしまった。これにオルガン演奏に使用する自作のレスリー・スピーカーを組み合わせてパーム氏の最初のシンセサイザーが完成したのである。

監修:玉山詩人

「ウェーブテーブル」方式を採用した元祖とも言えるシンセサイザー「PPG」を生み出したWolfgang Palmが、iPad向けに新たに開発した「PPG WaveGenerator」がAppStoreにて販売されています。CCモードを使用すればFirefaceでその緻密なサウンドを完全に再現することが可能です。RMEとPPG、ドイツのマイスター企業の共演を是非お楽しみください。