Part 2 何かが足りない?(VCFの仕組みを学ぶ)
ウォルフガング・パームの最初のシンセサイザーはVCO、VCA、EGで構成されていた。すなわち、発振器とアンプ、そしてそれらの時間的変化を制御するエンベロープ・ジェネレータのみしか存在せず、VCFつまりフィルターは搭載していなかった。なぜなら、彼が聞いて衝撃を受けたキース・エマーソンのシンセ・ソロのフレーズの特徴はポルタメントによる音程の連続変化だったからである。フィルターは搭載していないものの、パーム氏の自作シンセはキーボードに至るまで "Dr.Boehm" のオルガン作成キットのマニュアルを基に自作された。それはキーの接点のハンダ付けまで自身で行った見事なものだった。しかし、フィルターなしではモーグ・シンセサイザーのサウンドに近づくことは難しかった。その独特なモーグ・フィルターの秘密は意外なきっかけで垣間見ることになるのである。
パーム氏は自作シンセにフィルターを搭載することはできなかったが、自動演奏機能=シーケンサーを充実させようと考えた。当時はFET(電界効果トランジスタ)が世に出始めてパーム氏も入手することが可能になっていた。そこで、FET とコンデンサを使って完全に電子的にピッチを記憶させるシーケンス機能を開発することに成功したのである。当時のムーグ・モジュラーに搭載されたシーケンサーはアナログ・コントロールのタイプだった。音符を時系列に見立てたツマミがずらっと並んでいて、1ステップずつ音程をツマミで調節するのだ。そういったシーケンス機能に比べるとパーム氏の開発したメモリータイプのシーケンス機能は画期的な印象だったはずだ。
パーム氏は自身のバンドのライブでそのシーケンサーを活用していた。ある日、そのライブを見たハンブルク出身のミュージシャンOkko Beckerが、所有していたMini Moogをパーム氏のシーケンサーで演奏したいと依頼を持ちかけてきたのである。そのため、パーム氏はOkko BeckerのMini Moogを数日貸し出してもらえることになった。彼は人生で始めて本物のモーグ・シンセサイザーを操作することになる。そして自作のシンセサイザーでそのサウンドが出せない理由、すなわちVCF(フィルター)の存在を知ることになった。
彼は自作のシンセサイザーにフィルターを搭載するべく、良書とされる電子工学のハンドブックを参考にいくつかの回路を思索した。ところがどうしてもモーグ・シンセサイザーの独特のフィルター・サウンドが再現できない。パーム氏は再度Okko BeckerのMini Moogを借りてパネルの中を開けてVCFがどのように実装されているのかを確認した。モーグ・シンセサイザーのVCF回路は特許登録済みなのは知っていたが、どうしても自作のシンセサイザーにフィルターを搭載したかった彼は、後ろめたい気持ちを押し殺してその秘密を探ったのだった。
このような技術的な紆余曲折を経て、パーム氏は彼の工房=PPG(Palm Products Germany)でフィルターも揃った完全なシンセ・ユニットを制作することになる。その出荷数はモーグ・シンセサイザーに比べれば微々たるものだったが大きな一歩だった。後代の名器、PPG Waveシリーズではライセンスされたチップを使うことにより実装された優秀なフィルターが搭載されていた。それは、この頃のアナログ・シンセ時代の試行錯誤が結実したものと言えるだろう。
「ウェーブテーブル」方式を採用した元祖とも言えるシンセサイザー「PPG」を生み出したWolfgang Palmが、iPad向けに新たに開発した「PPG WaveGenerator」がAppStoreにて販売されています。CCモードを使用すればFirefaceでその緻密なサウンドを完全に再現することが可能です。RMEとPPG、ドイツのマイスター企業の共演を是非お楽しみください。