2013/04/18

The story of PPG(連載第1回)

今回よりシリーズで、ドイツのシンセサイザー・メーカーPPGの創業者Wolfgang Palmの開発者ストーリーをお送りします。RMEとも通じるドイツの小規模なスタートアップ・ベンチャーが、日米の巨大メーカーとどのように張り合っていったのか。技術的にもSSMフィルターをデジタル音源に付与することで独特のPPGサウンドを形成するに至ったWave2.2の成功や、Fairlightのサンプラーの登場とその競争背景、シンクラビアとのハードディスク・レコーディング競争等々、興味深い内容が満載です。ぜひお楽しみください。

Part 1 シンセ・サウンドとの出会い(自作のVCO)

 あなたはウォルフガング・パームという人物をご存知だろうか?シンセサイザーの歴史において、モーグ、アープ、シーケンシャル・サーキット、オーバーハイムというアメリカのシンセ・メーカーと並んで、全く新しい発想のドイツ製シンセサイザーを多数世に送り出したエンジニア。これからパーム氏とシンセサイザーの熱き関わりの歴史を紹介する。その中で一人の人間のモノづくりの情熱とロマンに共感してもらえればとても嬉しく思う。

 ウォルフガング・パーム氏はハイスクールの頃から既にバンドを組んで音楽に親しんでいた。ギターを買うお金がなくても自分で作ってしまうような若者だった。ゴミとして捨てられていた安物の壊れたギターからネックを拝借。板切れを使ったボディにそれを装着する。そして自分でコイルを巻いてピックアップを作り手作りのギターを完成させてしまった。そんな手作りギターで、彼はBeatles、Rolling Stones、Spencer Davis Groupといった60年代のロックを演奏していた。

大学に進学したパーム氏は原子学、音響学、電子工学といった物理学全般を学ぶようになる。その頃はギターだけでなくFarfisaオルガンを演奏するようになっていた。60年代後半にはモーグ・モジュラー・シンセサイザーが生み出されて一部の先鋭的な音楽家の間ではシンセサイザーのサウンドが聴かれるようになっていた。しかし、一般的な認知は未だ低くパーム氏も例に漏れることはなかった。

 当時の音楽シーンでは60年代末くらいからそれまでになかった音楽性をもった新しい潮流が生まれていた。それがプログレッシヴ・ロックと言われるジャンルである。中でもモーグ・シンセサイザーで摩訶不思議なサウンドを操っていたのがキース・エマーソンだった。クラシック、ジャズとロックの全てに精通していた彼はピアノやオルガンの腕も一級品だったが、70年代に入ってからは自身のバンドEL&Pのアルバムやライブにおいてモーグ・シンセサイザーを使った先鋭的で刺激的なサウンドで強烈な個性を放っていた。

パーム氏は、ラジオから流れるEL&Pの"Lucky Man"を耳する。1970年のEL&Pのデビューアルバムのシングル曲、そこで展開された新鮮で刺激的なシンセ・サウンドに完全に魅了されてしまった。楽曲のエンディング近くで登場するソロ・パート、ポルタメントがかかったうねるような矩形波がユニゾンする図太い音――このサウンドがパーム氏の感性を揺さぶった。彼は完全にキース・エマーソンのファンになってしまった。


ところが、当時のパーム氏にはそのサウンドがどんな楽器を使ってどのように演奏されているのか想像もつかなかった。それくらいシンセサイザーの一般的な知名度は低かったのである。特にポルタメント効果による滑らかな音程変化に興味が集中した。彼は耳で聴いたサウンドからその仕組みを考え抜いてその答に辿りつく。電圧で音程をコントロールできる発振器、すなわちオシレータであれば実現できるに違いない。彼の演奏していたFalfisaオルガンの音程は12音階に固定されていた。これではキース・エマーソンのようなポルタメント効果をもつ演奏は不可能だ。特定のピッチにしばられず電圧制御によって自由に音程がコントロールできるなら可能だ。それは正にシンセサイザーのVCOそのものだったのである。

 既にパーム氏の中にトランジスタなどの電子パーツについての知識はあった。早速、彼は自分の頭脳で思い描いたVCOを自作する。さらには、オルガンの音声から制御電圧を生成するコンバーターすらも作ってしまった。これにオルガン演奏に使用する自作のレスリー・スピーカーを組み合わせてパーム氏の最初のシンセサイザーが完成したのである。

監修:玉山詩人

「ウェーブテーブル」方式を採用した元祖とも言えるシンセサイザー「PPG」を生み出したWolfgang Palmが、iPad向けに新たに開発した「PPG WaveGenerator」がAppStoreにて販売されています。CCモードを使用すればFirefaceでその緻密なサウンドを完全に再現することが可能です。RMEとPPG、ドイツのマイスター企業の共演を是非お楽しみください。