2015/08/06

開発者マティアス・カーステンズに訊く、Babyface Proの魅力


Babyface Proは、旧モデルであるBabyfaceに比べUSBバスからの給電がより安定しているとのことですが、なぜでしょうか?
Matthias Carstens(以下、MC): 旧Babyfaceではシンプルなライン・レギュレータを使用しており、それによりUSBからの電源供給を可能な限り効率的に使えるようにデザインしてあるのですが、USBポートにハブ等の周辺機器が接続されてしまうと場合によっては充分な電力を得ることができず、その場合には外部電源を接続する必要がありました。
Babyface Proは、USBバスから供給された電源を内部で再生成する特別な電源回路を搭載しており、これにより3.6Vまで電力が落ち込んだ場合でも、外部電源供給に頼らずすべての入出力を音質の劣化なく動作させることができるようにデザインされています。これは、ライブ収録などモバイルで録音を行う場合には非常に優れた機能ではないかと思います。


RMEと言えば、世界で初めてUSB3接続のオーディオ・インターフェイスをリリースした事でも有名ですが、なぜBabyface ProはUSB3ではなくUSB2.0接続なのでしょうか?


MC: USB3を使用するとレイテンシーが低減するように誤解されいてる方も多いと思いますが、実際はUSB3を採用したからといってレイテンシーは低減しません。一方で、もちろんUSB3はUSB2.0に比べてバンド幅が広いため、より多くのデータ、つまりより多くのチャンネルを同時に伝送することができるようになるということになります。RMEの場合、USB2.0で最大70チャンネルの伝送を行う事ができるのですが、Babyface Proは12チャンネルのインターフェイスですので、USB2.0でまったく問題なくデータの伝送が可能です。このように、USB3を採用することによりレイテンシーやパフォーマンスが向上することはないため、USB3を採用する利点は見出せませんでした。また、USB3を採用するとどうしても製造コストが上がってしまうという側面もあります。一体誰が本来必要のない機能にお金を払いたいでしょうか?
※弊社註:Thunderboltに関しても同様の理由が当てはまります。詳しくはスタッフ・ブログにて解説しておりますので、是非あわせてご参照ください。

Babyface Proには2系統のヘッドフォン・ポートがありますが、これについて教えて下さい。

MC: 特にレコーディング・セッション時には2系統のヘッドフォン端子が必要になることが多いとおもいますが、USBバス・パワーで動作するオーディオ・インターフェイスでヘッドフォンを2系統搭載することは、充分な電力を供給することが難しいという技術的側面もあり、実際にバス・パワーで動作するデバイスで2系統のヘッドフォン・ポートを搭載している製品は非常に少ないとおもいます。したがって、これまでは1系統のヘッドフォン・ポートを仕方なくYケーブルで分配したり、ヘッドフォン・ディストリビューターを別途購入したりされていたのではないでしょうか。
Babyface Proでは、この問題を2つの独立したヘッドフォン・アンプを搭載することにより解決しました。Babyface Proには、ハイとロー、それぞれ異なるインピーダンスを持つ、ミニ・ジャックと1/4インチの標準プラグに対応したソケットが搭載されています。1/4インチの標準プラグに対応したソケットの出力レベルは +13 dBUで、出力インピーダンスは10Ω。対して、ミニ・ジャックの出力レベルは +7 dBUで、出力インピーダンスは2Ωとなっており、ロー・インピーダンスのヘッドフォンに最適なレベルとインピーダンスを提供することが可能です。これにより、モバイル・デバイスなどで使用するイヤフォンや、インイヤー・モニターを使用した場合でも、周波数特性を崩すことなく正確なモニタリングを行うことができます。


Babyface Proの背面には、マイクスタンドにマウント可能なネジ穴がありますが、最適なマイクスタンドを教えて下さい。

MC: 3/8インチのマイクスタンドであれば、どのようなマイクスタンドでも使用できますが、特にKönig & Meyerの23250という卓上マイクスタンドがおすすめです。フラットボトムで安定性の高いスタンドで、より快適にBabyface Proを使うことができますし、デスクトップの省スペースにも最適だと思います。

2015/06/23

TotalMix FX 1.1 新機能紹介


TotalMix FXのバージョン1.1がリリースされました。

一つ前のアップデートでは、チャンネルを一括でMonoに分割したり、逆にStereoに統合したりと、昨今、ユーザーの声を積極的に反映させているRMEですが、今回のアップデートでは、さらに多くの新機能が追加され今までにも増して使いやすくなっています。

では、早速TotalMix FX 1.1で追加された新機能をご紹介したいとおもいます。


Hardware Outputのミラーリング機能

お待たせいたしました!ついにこの機能が搭載されました!

Hardware Outputのシグナル設定(つまりSubMix・ルーティング)を他のアウトップット・チャンネルにミラーリングすることができるようになりました。

この機能を使えば、SubMixつまりルーティングをシンクロさせることができます。
つまりミラーリングしたHardware Outputチャンネルすべてに、同じSubMixを適用することが可能になったということです。ミラーリングされたアウトップットは、すべて同時に選ばれた状態となりハイライト表示されます。


ここでは、例として、アナログ・アウトップットの1-2、3-4、5-6、7-8、4本のチャンネルをミラーリングする手順を説明したいと思います。






① まず、ミラーリングしたいチャンネルの1つを選びます。チャンネル上で右クリックしてメニューから「Copy/Mirror Output (チャンネル名)」を選択します。






② ミラーリングしたいチャンネル上でも右クリックをし、メニューから「Mirror of Output (チャンネル名)」を選択します。






③ 残りのチャンネル上で、手順②を繰り返します。 チャンネルがミラーリングされると右図のように4本すべてのチャンネルがハイライト表示されます。

この時点で最初にコピーを行ったAN1-2のSubMix(ルーティング)が、ミラーリングしたすべてのチャンネルにも反映されており、また当然ですが、ミラーリング後に変更したSubMixはミラーリングされたすべてのチャンネルに適用されるということになります。

また、ミラーリングを解除するためには、解除したいチャンネル上にて右クリックし「Remove Mirror 」を選択するだけです。

※なお、この機能はMatrixウィンドウ上でも同じように使うことができます。





チャンネル・コピー機能

この機能を使うと、Hardware InputとSoftware Playbackのチャンネルで設定したパンニングやフェーダーの情報を任意のHardware InputとSoftware Playbackチャンネルにペーストすることができます。

手順は非常にシンプルです。 コピーしたいチャンネル上にて右クリックし、Copyを選択。そしてペーストしたいチャンネルにてPaste Mixを選択するだけです。

下記の例では、Hardware InputsのAN1-2チャンネルのフェーダーとパンをコピーしてAN5-6にペーストしています。










なお、この機能はHardware InputsとSoftware Playbackを跨いで行うことができます。
つまり…例えば、Hardware InputsのAN1-2の設定を、Software PlaybackのAN1-2にペーストすることも可能ということになります。

※この機能はMatrixウィンドウ上でも同様に使うことができます。


エフェクト・コピー機能 

「ちょっと待って!エフェクトはコピーできないの?」という声が聞こえてきそうですが、ご安心ください。エフェクトの設定もコピー&ペーストすることができます。
コピーの手順は先ほどのパン&フェーダーと同じで、ペースト時に「Paste FX」を選ぶだけで簡単にエフェクト設定もコピペが可能です。
Hardware Outputでも、エフェクトのコピー&ペーストは可能ですが、例えばHardware Inputのエフェクト設定をHardware Outputに跨いでペーストすることはできません。

※この機能はMatrixウィンドウ上でも同様に使うことができます。

 Hide Control Strip 機能

"Hide Control Strip" つまり「コントロール・ストリップを隠す」という新機能が追加されました。

「Control Strip」とは、TotalMix FXのウィンドウの右端のセクションのことを指します。左のスクリーンショットが「Control Strip」です。

この機能を使えば、スクリーンをより効率的に使うことができ、画面内により多くのチャンネルを表示することができます。

なお、メニューはTotalMix FXのアプリケーションメニューの「Window」から選択することができます。





フェーダー・グループにも”Do not load volume/balance” オプションが適用

Mainアプトプットを含むフェーダー・グループにも’Do not load volume/balance’ オプションが適用できるようになりました。

スナップショット機能を使ってミキサー設定を切り替える際に、ボーリューム・フェーダーがスナップショットの切り替えと一緒に変化して欲しくない場合があるとおもいます。そんな時は、TotalMix FXのPreferenceメニューにて「Do not load volume/balance」の項目にチェックを入れておくと、現在のフェダー位置を保持したままスナップショットを切り替えることができるのですが、TotalMix FX 1.1では、この部分がさらに進化し、フェーダー・グループにも適用されるようになりました。







Mackie remote Extender 対応

TotalMix FXがMackie Controlプロトコルに対応しており、Mackie Controlプロトコルに対応している様々なサーフェスを使ったフィジカルなコントロールが可能なことは広く知られている事とおもいますが、TotalMix FX 1.1では、8chの拡張ユニットであるExtenderにも対応しました。この設定は、Options>SettingsウィンドウのMIDIタブにて行うことができます。


Control Roomセクションのチャンネル名が変更可能に

今までのTotalMix FXでは、Control Section内にアサインされたチャンネル(Main, Phoneなど)のチャンネル名は変更することができませんでしたが、バージョン1.1では、これが変更できるようになりました。ただし、変更はChannel layoutウィンドウ上のみで行うことが可能です。

① Control Roomセクション内のチャンネル上にて右クリックをし、メニューから「Change Channel Layout」を選択します。








② Channel Layoutウィンドウ上にてチャンネル名を変更します。







Mainチャンネルにて「None」が選択可能に

いままでのTotalMix FXでは、Control Room 内のMainチャンネルにて「None」(なし)を選択することができず、必ずなんらかのHardware OutputチャンネルをMainにアサインしておく必要がありましたが、バージョン1.1からは一部の機種においてMainチャンネルに「None」を選択することによりMainチャンネル自体を無効にし、Hardware Outputセクションにすべてのチャンネルを表示できるようになりました。

対象機種は、Multiface、9632や、HDSPe MADIといったDSPを搭載していない機種に限られるのですが、例外としてBabyfaceやHDSPe MADI FXもこの機能を利用することができます。


いかがでしたでしょうか?

RMEのオーディオ・インターフェイスを優れたデジタル・ミキサーとして使うことのできるTotalMix FXソフトウェアは、ドライバーと一緒にインストールされますので、ドライバーを最新にアップデートすることでTotalMix FXも常に最新バージョンに保つことができます。 



※ドライバーのアップデート情報は、シンタックスジャパンのウェブサイトの「Driver News」または、シンタックスジャパン公式Twitterにて随時お知らせを行なっておりますので是非ご利用ください。






2015/05/14

マスタリングについてのいろいろなお話 Vol.3


最終回の今回は、シンタックスさんで取り扱い始めたばかりの、そして昨年から私が使い始めたSEQUOIA(セコイア)をフィーチャーして話を進めていきたいと思います。

その前に…私が今までずっとMac OS9 での最終バージョンのSonic Stduio HDを使ってきた理由を簡単にお話ししたいと思います。
まず、元々、Sonic Solutionsの時代から使っていて、使い慣れていたこと、そして音に対する信頼性やDDPLoadBackが出来ること、ノイズ処理プラグイン(別売)のNonoiseを導入済みで、これが結構使いやすく優秀だったことなどが理由として挙げられますが、何年も前にすでにサポートは終了していたものの、それでもまだ使える状態であったことで、ずっとMac OS9環境で使っていました。
ただ、業務で使うにあたって、どうしても次のマスタリング・ソフトウェアを検討しておく必要があったわけです。それで、数年前に、Sonic Studio HDの後継であるsoundBladeはもちろん、SEQUOIAも導入を検討したことがあったのですが、その段階では、まだSEQUOIAを導入するに至りませんでした。
なぜその時にSEQUOIAを導入しなかったかというと、DDPLoadBackが出来ず、DDP作成後、別のソフトウェアでチェックをしなければならないということに抵抗があったからです。導入検討をした当時のSEQUOIAのバージョンは、現在よりも数世代前のものでしたが、現行のバージョンでは、問題なくDDPLoadBackが出来るようになっていたということがわかり、昨年、私が独立したタイミングで、自宅作業用、また将来的に、現在私のマスタリング・メイン・スタジオになっている渋谷のアンズサウンドのスタジオでも、私のメイン編集機として使っていくことになる可能性も考えた上で、最終的にSEQUOIAを導入することになりました。 LoadBack機能の有無がなぜ重要なのかは、このブログのVol.2を最後まで読んで下さった皆様にはおわかりかと思います。

まず、SEQUOIAを導入した理由を端的にまとめると…
  • 音質が良いこと 
  • インターフェースに依存しないこと 
  • 優秀なプラグインがいくつも標準装備されていて、尚かつ、手持ちのVSTプラグインを追加でインストール出来ること  
  • 安定性が高いこと(これはプロのスタジオで使う場合、とても重要な要素になります)
ということになりますが、この価格帯でありながら、私のような独立した個人経営のエンジニアには、とてもコストパフォーマンスが良く、384kHzまでのハイ・サンプリングレートにも対応していますから、迷う要素はほとんどなかったと言えます。
実際、他のマスタリング用ソフトウェアでは、インターフェースが推奨されるものである必要があったり、マスタリングの最終段階で比較的多く使われるノイズ処理のプラグインがオプション(別売)であったり、そういった部分を全て含みますと、マスタリングのシステムは得てして高額になりやすいのです。大規模のスタジオならともかく、小規模のスタジオであったり、独立した個人経営のエンジニア(マスタリング・エンジニアで独立して個人で動いている人は実はあまり多くないのですが)にとっては、設備投資資金は頭が痛い問題なのです。また、アウトボードのマスタリング用エフェクター類も高価なものが多く、これらは重要かつ切実な問題ですね。

では、話を戻して、SEQUOIAの特徴と私が導入することにした理由について、もう少し具体的に説明しますね。


1. 音質について

最終マスターですので、やはりこれを無視するわけにはいかないですね。

Mac OS9の最終バージョンのSonicは、音質についてはとても信頼のおけるものでしたの
で、使えなくなるまでは使い倒そうと(笑)思っていました。

今もアンズサウンドでは現役で活躍していますが、これが使えなくなった時のことを考える必要があり、次の候補については、度々、検討してきました。そして、次の候補の選定に伴い、使い勝手という意味では、使い慣れたSonicを継承しているsoundBladeが候補としては有力だったのですが、音のクオリティという部分に関して熟考した際に、384kHz/32bit浮動小数点フォーマットまで対応しているSEQUOIAが、今度こそ、私に有力な候補の一角として現れることになりました。
音質がなぜ良いのかは、シンタックスジャパンのSEQUOIAのウェブサイトに詳しく載っていますので、そちらを参考にして頂くのが一番分かりやすいかと思いますが、実際使ってみて感じたのは、高精細で限りなくピュアな音を追求しているMAGIX社のSEQUOIAは、Dithering機能を含め、とても信頼のおけるものでした。

※Dithering機能:24ビットや32ビットで処理されているデジタル信号を16ビットで出力する場合などに信号の劣化を抑える目的で、デジタル音声に微少なノイズを混ぜることにより、見かけ上、より元の音声に近づけるという手法。


2. DDP LoadBackPQシートの出力

先に述べた通り、数バージョン前のSEQUOIAでは、出力したDDPファイルを読み込むこ
とが出来ないということもあり(同じように、DDP出力しか出来ないというソフトウェア
は他にもありますが)、この場合、別のソフトウェアで読み込みをしなければならないの
で、私としては、DDPを出力したソフトウェアに読み込んで最終チェックが出来ないとい
うことは導入の選択肢から除外する1つの要因だったので、これが出来るようになっていた
ということは、前向きに検討する大きな要素になりました。
最後の全聴チェックは、それ程に大切な行程だからです。

また、PQシートもとても重要な項目です。SEQUOIAからPQシートを出力してみると、今
まで使っていたSonic Studio HDと似たような記載のされ方をしていて、長年Sonicを使
ってきた私には、とても馴染みやすいものだとわかりました。Sonicと同じかどうかは大し
た理由ではないかもしれませんが、必要事項が、きちんと出力出来ないソフトウェアもあ
るようなので、POSISRC、各曲のタイムや曲間、CD Time、など、プレス会社さんにと
っても必要である事項が、わかりやすく、きちんと記載されているかどうかは、比較的重
要事項になりますね。


3. インターフェースについて

SEQUOIAを導入するにあたって、特定のインターフェースに依存しないことは、やはり独
立したばかりの私にはとても大きなアドバンテージでした。Sonic Studio HDは固定のインターフェースが必要でしたし、soundBladeも選択肢があるとはいえ推奨されるモデルがあり、また他のソフトウェアに関しても、推奨されるインターフェースやそのソフトウェアに固定のインターフェースがセットになってしまうものもあるのです。ですから、そのための設備投資も必要になってきます。


RME Fireface UCX
私は、元々、RMEFireface UCXを持っ
ていましたので、SEQUOIAWindows
ベースですが、MacBook Pro
BootCamp起動でWindows OSを使う
ことにより、ソフトウェアさえあれば使え
たこと、そして、FirefaceUCXの音に関
しては、以前にインターフェースを幾つか
テストしてみた時に、とてもクリアで繊
細!その素晴らしいコストパフォーマ
ンスに、その場に居合わせた全員がお墨付き!!というくらいでしたから、この組み合わ
せで使えて、しかもPCMなら192KHz32bit(*)まで扱えるということは、とても魅力的で
した。 

* 編集注:SEQUOIA自体は384kHzまで対応していますが、Fireface UCX192kHzまでの対応のため。

また、RMEの製品は安定性も良く、数日立ち上げっぱなしで連日作業をしていてもまった
く問題がありませんでした。RMEと一緒に使うことにより、SEQUOIAも同じく安定性と
いう部分において、最高のパフォーマンスをみせてくれたのです。


大方、このような理由でSEQUOIAの導入を決めたのですが、一つだけ引っかかることが…。 

それは、今までMacベースのソフトウェアをずっと使ってきた私にとって、Windowsでしか使えないということでした。音楽業界では、長くMacを使ってきた人達が多いので、実際にWindowsのみの対応という部分をハードルと考える方も結構いらっしゃると思のですが、最近のマスタリング用ソフトウェア、実は、Windows ベースのものが非常に多くなっているのですよね!そう考えると、まぁ、ここはあまり考えるべき問題ではないかなというように考えが変わってきたことで、最終的に導入を決めました。
SEQUOIAEdit画面
実際にSEQUOIA使ってみると、意外と使い慣れたSonicに似ている部分も多く、私にはとても馴染みやすかったですが、Sonicを使っていたかどうかに関わらず、多くのマスタリング・エンジニアにとっても、とても理解しやすく、使いやすいソフトウェアだと思いました。このソフトウェアは、放送局などでのポストプロダクションから、通常の音楽制作におけるマルチトラック録音、さらにはマスタリングと様々な用途に使えますから、マニュアルを真面目に読もうとすると、とても膨大な量になりますが、必要としている部分に関して、何をしたいかがはっきりしていれば、必要な箇所を探していくのは、それ程大変な作業ではありません。
私の場合は、使いたい項目をピックアップして、ショートカットキーを覚えたり、ツール・パレットを利用することで、自分にとって使いやすいようにカスタマイズしていくことで、すぐに新しいプロジェクトに取りかかることが出来ました。

さて、これから、もう少しお付き合い頂き、他にもご紹介したい機能について書いていきますので、是非、最後まで読んで下さいね!


4. 優れたプラグイン  

SEQUOIAでは、ソフトウェアそのものに、最初から優れたプラグインが標準装備されています。中でも、高性能なノイズ処理機能が標準装備されていること。これは、SEQUOIAを選ぶ要素としてとても重要でした。
soundBladeではノイズ処理機能(NoNoiseという)は、残念ながら別売オプションになってしまうのですが(Sonic Studio HDでもオプション)SEQUOIAはオプションでなく、製品に初めから標準装備されているので、ちょっとしたノイズ処理をすることが比較的多いマスタリング作業では、とても助かります。
SonicNoNoiseは、元々Sonicがノイズ処理ソフトウェアの会社としてスタートしたこともあり、今でもとても使いやすく、意外と良い仕事をしてくれるプラグインで、マスタリングでノイズ処理をする多くの場合は、ちょっとした、プチッとかパチッとかいう、楽器ノイズや、リップ・ノイズ(歌っているときに発するピチッとか、子音から発するような音)などがほとんどですから、そういう処理にはとても威力を発します。そして、ノイズ処理した部分には印がつくので(これを表示したり、しなかったりってことが出来ます)やり直したい時に分かりやすいというのがとても使いやすい部分でした。
それに対して、SEQUOIAのノイズ処理機能ですが、当然、上記のような楽器ノイズやリップ・ノイズの除去を行うプラグインも入っているのですが、特にSpectral Cleaningは、視覚的にとてもわかりやすく、連続したノイズや、例えばライブ録音などで入ってしまった(普通はあまりないでしょうけど)携帯電話や咳の音まで消してしまうことが出来たり、あり得ないようなノイズを比較的容易に取ることが出来る非常に優れたプラグインです。

例えば、下の画面では、赤い囲み部分がノイズになるのですが、これを処理すると…


このような感じで、必要な音はそのままにノイズ部分だけを綺麗に取り除いてくれます。


さらに、このSpectral Cleaningはリアルタイムに処理をしてくれて、尚かつ、処理後と処理前を聴き比べるのにも、すぐに切り替えが出来るので、結果が良ければ実行処理という具合に作業が早いというのが特徴です。

ちなみに、SonicNoNoiseの場合は、実際の処理には少し時間がかかり、また、実行してからでないと結果がわからないので、実際に処理した後に結果が良くない場合は、Undo(やり直し)ということもあります。その点、リアルタイム処理をしてくれるSEQUOIASpectral Cleaningは、とても効率が良いと思います。

AM-Munition
また、他のプラグインとしては、EQDynamics系、等々、優秀なプラグインが標準搭載されていますので、私の場合、Sonicを使っていた時にはそう多くなかったアプローチですが、音決めの最終段階としてSEQUOIAのプラグインを使うということが、これから増えていきそうです。

特に、AM-MunitionというDynamics系のプラグインは、とてもサウンドがナチュラルで、用途によってパワフルにもライトにも使えるので、アナログEQ、COMP→A/D後、音調整の最終段に使用しても、デジタル臭さがなく、とても使いやすいと思いました。


Waves L3 Multimaximizer
そして、もちろん、SEQUOIA標準搭載のプラグインの他にも、追加でVSTプラグインを使うことができます。例えばWavesプラグインなど、いままで他のソフトで使用していた「資産」を無駄にすることなく、VST対応しているプラグインであれば問題なく使用できるのも、導入に際しては重要なポイントになるのではないかと思います。

5. ISRCの入力

ISRCの入力は、地味な作業ですが(笑)、実はとても気を使うのです。
当たり前ですが、間違えて入力するのは絶対にNGですから、間違いがないように、私は入力後、2度3度チェックしています。

旧譜音源が混ざっている場合や、いくつかのレコード会社さんからの貸し出し音源が入るようなベスト盤、コンピレーション盤の場合は別ですが、新譜音源のみのオリジナルアルバムの場合には、ISRCの入力はとても楽です。ほとんどの場合が連番ですから、最初の1曲目を入力した後に、SEQUOIAの「Add to all indices」という機能を利用することで、あとはSEQUOIAが自動的に連番で入力してくれます。

それでも、最終的にはきちんとPQシートを出力して、曲間なども含め、エラーが起きていないか、間違いがないかなど、チェックは欠かせないですね。


すこし話が反れてしまいますが、この「Maker/CD Index Manager」の画面に「Global CD Offsets」という項目があるのがわかると思います。このブログのVol.2では特に触れなかったことなので、ここでご説明致しますが、実は、CD マスターを作成する際には必ずOffset(オフセット)というものを入れます。

このOffsetというのは、例えていうなら「のりしろ」のようなもので、CDプレーヤーで再生した時に、頭カケを防止するためのものです。最近のCDプレーヤーは昔のものに比べると精度がかなり上がっていますが、それでも1曲目や、各トラック頭に飛ばした時など、ギリギリでPQを入れている場合、頭カケをするか、ギリギリ間に合っても、欠けているように聞こえてしまうことがあります。
Offsetの長さは、はっきり決まっていることではないので、エンジニアさんや作品などにより違いますが、通常、曲間がある場合、又は曲間がほとんどない場合でも、多少余裕がある場合は10フレームとか、数フレーム前に実際のPQが入るように、SEQUOIAなら上記の「Maker/CD Index Manager」という画面で指定します。そして、曲終わりも余裕を少し持たせるためにEnd Offsetを入れることが多いですね。ライブものや、曲間がクロス・フェードしている場合など、Offsetが必要ない場合は、個別に0フレームに設定したりします。

PQについて、先程、「エラーがないかどうかのチェックをする」と述べましたが、実は他にも、前のスタートIDから次の曲のスタートまで、つまり1曲の長さが4秒ないとエラーになってしまうとか、曲間1秒以内はEND PQは入れられないとか、そういったRed Bookに準拠するいろいろな規定があり、POSISRCも桁数が決まっていますので、その桁数に合わない場合など、何か間違いがあれば、エラーメッセージが出てきて修正することになりますが、一応最後に必ず自分の目で見て最終チェックすることは必要不可欠です。
ちなみに、1曲の長さが4秒以下の曲なんて無いだろうと思った方もいらっしゃるかと思いますが、アルバムによっては、1〜2秒程度のジングルが1トラックということもありますので、その場合には、曲間で調整が必要になったりすることがあるのです。


6. ファイルの書き出し
最近のソフトウェアはDDPの出力が比較的早いのですが、私が使っていたSonicでは最大2倍速でしかDDPの出力が出来なかったので、この作業が早くなると検聴作業に早く入れますので、とても助かりますね。
SEQUOIADDP書き出しがとても早く、作業が効率良くなりました。
また、遠方へのクライアントさんへ、確認用として、又は配信用などの用途のために、Wavを始め各種ファイルフォーマットへの書き出しを行うことがあるので
が、SEQUOIAは書き出しもスピーディーで、また、曲間を含めたり、含めなかったり、そういった設定も出来るので、用途によっての使い分けも出来て、これもとても便利だと思いました。
音承用CD-Rの作成も早いですし、DDPの読み込みも早いので、これらの作業がスピーディーに出来ると、立ち会いで来られているクライアントさんの待ち時間も少なくなり、効率的ですね。

それから、もしかしたら私だけかもしれませんが(笑)、プラグインやメーター表示、ビジュアル的にもなかなかカッコ良くて、ワクワクしますね!!ぱっと見た感じ「あれ?この見慣れないカッコいいのは何?」みたいなのもあり、また、メーターも、ラウドネスとピークメーター、アジマス、などいくつかの表示をまとめて見ることが出来ますので、聴覚的にも視覚的にもチェックがきちんと出来るのが嬉しいですね。
マスタリングに必要なメーター類はすべて標準装備。レイアウトも自由に配置出来るので便利!


さて、この連載の最後のVol.3では、私が実際にSEQUOIAを使ってみて、いいなと思ったことを抜粋してご紹介させていただきましたが、如何でしたでしょうか?

まだまだ、ご紹介したい機能もあるのですが、あまり機能についてお話ししても、マニュアルみたいになってしまいますので(笑)、この辺りで、このマスタリングについてのブログを終わらせて頂くことに致します。

総合的に感じたこととしては、マスタリング用のソフトウェアとして、確実に必要なことをきちんと押さえつつ、サウンドのクオリティがとても高いこと、そして、きっとどのソフトウェアから移ってきても、使いこなすまでに、それほど時間がかからないであろうと思うことなど…とにかく、とても優秀なソフトウェアだということです。
そして、RMEFireface UCXSEQUOIA、どちらも長時間の作業に非常にタフであることは、プロの現場、プロのエンジニアにとって、ストレスがなく、安心して作業に集中出来るという重要な意味を持っていることになります。

最後に、このSynthax Japan Staff Blogを読んで下さった皆様と、この場所を貸して頂きましたシンタックスジャパンのスタッフの皆様に御礼を申し上げたいと思います。

また、私がこれからSEQUOIAを使っていく中で、追加の情報や、マスタリングのことについて比較的質問が多いことなど、ここで書ききれなかったことを、私のホームページやブログ、フェースブックにも随時書かせて頂きたいと思います。

シリーズ3連載、ご覧いただき本当にありがとうございました!






プロフィール

Mastering Engineer
粟飯原友美(あいばらともみ)

レコーディングスクール卒業後、マスタリング・エンジニアとして株式会社ハリオンに入社。2002年ハリオン退社後、アンズサウンド(後に株式会社アンズサウンド)に加わる。昨年(2014年)9月にアンズサウンドを退社、独立し、10月より屋号Winns Masteringとして活動を開始。2013年頃からは、CDマスタリングのみならず、ハイレゾ、特にDSD編集マスタリングなどにも力を入れて、SACDの作品にも関わっている。
メイン・マスタリング・スタジオは引き続きアンズサウンドを使用。1bit編集は、KORGのスタジオ、G-ROKSにあるClarity(試作品ゆえ、使えるのは国内で3人ほど)を使い、その音源を元に、アナログ アウトボード機器を使ってマスタリング。1bitの限りない可能性、そして、音の質感、空間の広さなど、素晴らしいサウンドを多くの方に体験して頂きたく、今後、この分野でさらに活躍し、大きく動いていく予定。もちろん、CDマスタリングも従来通り継続し、ロックからクラシック、ジャズまで、幅広い作品に携わっている。ロックのような力強さと、ジャズ、クラシックのような繊細さを使い分け、楽曲のもつ世界を引き出すことに定評がある。

代表作抜粋と関わった主なアーティスト
松居慶子「Soul Quest World Tour〜Live in Tokyo〜」
(2015年4月22日発売、5月下旬アメリカ発売予定)
北村憲昭指揮 スロヴァキア・フィルハーモニー・オーケストラ「運命、他」
(SACD 4.0chSurround)
北村憲昭指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー・オーケストラ「海、他」
(SACD 4.0chSurround)
北村憲昭指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー・オーケストラ「火の鳥、他」
(SACD/CD Hybrid)
Jikki「Pop Metal Guitar Venus +1 Remastered」
CONVENIEN STYLE「カラジウム」
Pearl「Profess」
トライポリズム(美勇士)「トライポリズム」
Camel Rush「Life is once」
HEROZ SEVEN+「サムライロード」
葉加瀬太郎meet 原田太三郎「THE BEST VISION」
古澤巌「ダンディズム・ヴィンテージ」
山根麻以「やさしいきもち」「きんのひも」
高橋洋子「あ・う・ん」
イカルス「イカルスの逆襲」
織田裕二、影山ヒロノブ、柳兼子、鳥羽一郎、Nona Reeves、Spicy Chocolate、渡辺豪、JazzDialogue
等々 他多数

Winns Mastering 連絡先
TEL:044-712-0813
E-mail:aibara@winns-mastering.com
URL:http://winns-mastering.com

2015/04/27

立体音響で奏でる「地球暦」の世界観


私達シンタックスジャパンは、先進的で高品位な音響機材やソフトウェアをクリエーターやエンジニアの皆様に紹介するだけではなく、真のハイレゾ・コンテンツを発信するレコード・レーベルの運営や、様々なアーティストをサポートする活動を日々積極的に行っています。

今回のブログでは、昨今各方面のメディアで注目されている「地球暦」という次世代のカレンダーを考案し、インスタレーションや講演等、様々なイベントやメディアを通じて、積極的に地球暦というビジョンを広める活動を行うアーティスト、杉山開知(すぎやまかいち)さんを皆様に紹介したいと思います。

シンタックスジャパンでは、昨年名古屋 garelly feel art zeroにて行われた【太陽系時空間地図 地球暦 -あそび / a・so・bi - 】展、そして10月に青山スパイラルガーデンにて行われたTHE ART FAIR + PLUS-ULTRA 2014での展示、さらに今年、東京お台場の日本科学未来館にて行われた、世界的に有名な理論物理学者 佐治晴夫博士との特別公演【ぼくらの地球は動いている】での音響を、全面的にサポートさせていただきました。

名古屋のイベントでは、RME Fireface 802を使った8.1chサラウンドによる立体音響システムを構築し、地球暦の世界を音で表現した音響作品を会場一杯に響かせ、まさに宇宙から太陽系を見ているような「包まれ感」を演出しました。さらに、展示の千秋楽では、そのまま8.1chサラウンドを再生しながら、総勢5名によるライブ演奏をマルチトラックで収録。

青山での展示では、地球暦のスピンオフ作品「Spaceflower」の音声を、Babyfaceを使い高音質のままヘッドフォン再生しました。


また、日本科学未来館でのイベントでは、NASAの宇宙探査機ボイジャーに託された「ゴールデン・ディスク」のプロジェクトに関わった科学者としてあまりにも有名な、佐治晴夫博士の貴重な講演と杉山開知さんとの対談を、会場のPAを行いながら同時にマルチトラック録音を行いました。ここでは、RMEのFireface UFXを使い、優秀なデジタル・ミキサーとしても使うことができるTotalMix FXソフトウェアをフル活用しながら、DAWソフトと同時にFireface UFX本体に搭載されたDURec機能をバックアップとして使用し、その全てを収録しました。

















さらに次回イベントとして、2015年6月19日(金)~ 6月27日(土)の期間、札幌モエレ沼公園スペース1にて、昨年名古屋でのインスタレーションをさらに発展させた立体音響システムを、RMEの機材を使って構築いたします。お近くにお住まいの方は是非この機会に、地球暦を立体音響で体験してみてはいががでしょうか?
地球暦の展示が行われる、札幌モエレ沼公園のガラスのピラミッド
さて、前置きが長くなりましたが、ミュージシャンとしての活動も行なっている杉山開知さんは、「音」に対しても大変造詣が深く、私達がお手伝いしたイベントでも常に「音」にまつわる展示や話が多く登場しますので、このブログの読者の皆さまにもきっと興味深く感じていただけるのはないかと思います。

では、杉山開知さんの語る「地球暦」と「音」のお話しをお楽しみください。


◉どのようなきっかけで「地球暦」を作ろうと思ったのでしょうか?また、「地球暦」とは一体なんでしょうか?


そもそもわたしたちの世代は、外から太陽系を俯瞰する視点を持つことができた初めての世代であり、これは人類にとって有史以来大きな進歩ではないでしょうか。
地球暦:太陽を中心に全ての惑星の軌道が描かれ
ており、その日の惑星の位置を即座に俯瞰で確認
することができる画期的なカレンダー 
私たちはお茶の間にいながらも、宇宙的な視点を持つことによって、太陽系という大時計が動いている背景を、環境の一部として感じはじめて来ているような気がします。近い将来は言語や文化の壁を越えて、“私たちは今ここいる”という太陽系レベルでの“共時性”を当たり前に持つ時代になると考えています。また、時間の感覚そのものは個人差があり主観的なものですが、客観的に全体を眺めることで、地球人としての私たちの立ち位置が見えてくるような気がします。そういう時代の中で、立場や個、もっと言うならば、国境さえも超えて“同じ時”を共有することのできるツールの必要性があると感じたのです。

宇宙からの視点で見てみると、“太陽・月・地球”という天体による単純な位置関係が、日常的に使っている“年・月・日”という暦の基本単位となっていることに気づくと思います。暦の本質は数字や記号というよりも、“私たちはいったい今、どこにいるのか”という存在の位置を、俯瞰して確かめることだと思います。
地球暦は、天動説(太陽暦)の視点を、あらためて地動説(地球暦)で捉えた、太陽系の地図のようなものです。

◉昨年名古屋で行われた[太陽系時空間地図 地球暦 -あそび / a・so・bi - ]展では、「地球暦」のコンセプトを、音と映像で表現していたと思うのですが、開知さんが「音」で地球暦を表現したのには何か理由があるのでしょうか?

楕円軌道の上を進む太陽系の惑星たちを俯瞰してみると、レコードの円盤のように平らな面を回ってることに気づきます。それぞれの惑星は決まった軌道上を、一定の周期でめぐっているわけです。この様子は太陽系をソーラ・システムという呼ぶように、とてもシステマチックに関わりあって、法則性のようなものを持って回転運動しています。
地球の1年は正確に、365日と5時間48分49秒ほどですが、これを1トラックという考え方をすれば、例えば二十四節気のように、きっちり24等分する節目は、楽譜やスコアの区切りのように捉えることができます。そこに新月や満月などが一定のリズムでビートを刻み、毎年同じようではあるけれども変わっていく惑星たちの動きは、見方によっては、まるで音楽の譜面のように見えてきます。
暦とは天体の動きそのものですが、惑星の動きを時間軸(タイムライン)で見てみると、その規則性が、どこか電車などのダイアグラムに似ています。定刻通り運行している惑星たちの動きが、音楽的なイメージと重なったのはごく自然なことでした。私自身もそれを実際に聞いてみたらどうなのだろうかとずっと気になっていたんです。


the time, now 2015 from HELIO COMPASS on Vimeo.


◉イベントでは「地球暦」の世界観を音で表現するために、弊社で8.1chの立体音響の再生システムを組ませていただいたのですが、実際にハイト・レイヤーを含む8.1chサラウンドを体験してみていかがでしたか?


人間が胎内で成長するとき、聴覚は早期に形成されると同時に、完成するまでにもっとも長い時間がかかる器官と言われています。
たった一枚の鼓膜が、ここまで繊細な音色をキャッチすることを思うと、人間の聴覚はどんな機材も優る受信機ではないでしょうか。音は、よく目に見えないものとして認識されていますが、極めて物理的な特性を持っています。空気や水を伝搬して振動する自然界の音は、環境中にあふれていますが、日常的に耳に入ってくるサラウンドに対して、楽曲というサウンドは、感覚や感情など、その時の風景や気持ちなどを記憶している不思議さがあります。
今回、立体音響のシステムを使って感じたことは、クリアーで解像度の高い再現性を持った機材ということはもちろんですが、音を通じて伝わる不思議な奥行きというか、場の臨場感を感じたことが第一印象でした。その場に立つと、耳から入ってくる外界の音とともに、ついつい沸き上がってくる情感に耳を澄ませてしまうんです。
特に、今回イベントで流れていた、探査機ボイジャーが収録した惑星の音(電磁波)などは、普通のスピーカーシステムでは単純なノイズのようにしか聞こえないのですが、まるで星そのもの心音や胎動のように感じたのは驚きでしたね!

◉[太陽系時空間地図 地球暦 -あそび / a・so・bi - ]展ではサイマティクスの表現もありましたが、出てくる波形の美しさにとても感銘を受けました。この展示は、どのような経緯で思いつき、どのようなシステムで動いているのでしょうか?

サイマティクスの装置 
サイマティクスというのは、例えばスピーカーの前に水の入ったコップを置くと、音に合わせて水が揺れるのと同じ単純な原理です。しかしよく考えると、触れてないのに物質が振動するというのはマジックのような驚きがあります。種を明かしてしまえば、水がある固有振動で特定の波形になるという簡単なことなのですが、実際にやってみて面白いなと感じたのは、キャップ一杯のわずかな水が、1ヘルツや1デシベルという微妙な変化をはっきりと反映していたことです。また周波数の異なる2つの音を同時に出すと、その差分で倍音が“うなり”として聞こえるのですが、美しい幾何学的な形が、生き物のように有機的に動いて形を変えて、水があたかも感情を持っているような振る舞いをしたことは、あらためて衝撃な体験でした。
今回は、各惑星の公転周期を、人間の可聴音域で聞こえる低周波に換算した音を使ってみたのですが、実際やってみるまでは成功するか不安だったんです。しかし水に話しかけるように音を丁寧に調整してくと、惑星の動きに合わせて、鮮明に波形が浮かび上がってきた時は感動でしたね。また目に見えない音や時間で、視覚的に美しいビジュアルを作ることは、とても楽しい“あそび / a・so・bi ”でした。
探査機ボイジャーが収録した惑星の音(電磁波)は、木星や土星など種類があるのですが、実は地球だけ特別な音色をしています。その理由はこの地球には14億立方kmもの水が存在し、宇宙に繊細に震動を響かせているからなんです。地球全体の水がリアルタイムでサイマティクスのように美しく響いていることを想像すると、私たちの身体の水も気持ちによって形が変わるのも不思議ではないような気がします。いい音にたくさん出会いたいと望むのは、きっと美しい形が気持ちいいと感じる、人間の本能的なところからくるものなのでしょうね。

◉展示の最終週には、9chの立体音響をバックに流しながら、総勢5名のメンバーでライブ演奏を行いましたが、このライブで表現したかったものは? 


すべてがはじめての経験で、実験的なチャレンジでした。
ライブでは太陽系の1年間を約1時間の音楽で表現するというシンプルな趣旨ですが、実際に演奏となると試行錯誤でした。
まず、惑星の公転周期を、人間の可聴域に換算した周波数を使い、それを重ね合わせて惑星の会合を表現することにしました。
そしてギャラリーで別展示をしていた日栄一雅さんの「ひかりレコード」という作品をお借りし、惑星の配置を盤の上で変えることによって、インタラクティブに周波数を出力する仕掛けを作り、サイマティクスで水を震わせる装置と連動させ、会場内に水の波紋の映像を映し出しました。

惑星の一年の動きをベースに表現した楽曲をもとに構成し、そこにサンプリングの音をDJで重ね合わせたり、エレキギターなどの生演奏や惑星周波数音叉の出す音などが加わり、太陽系の時空間を演出しました。現代美術作家のコラボレーションでサイマティクス装置の制作を実現し、さまざま環境音やパフォーミングを加えてライブを行いました。楽器以外は8.1chの立体音響を使い、音叉などのわずかな音など、壮大な宇宙を想像させるような広がりのある空間を作り出すよう工夫をしました。
また、冒頭では実際に地球が動いている時に発している電磁波の音源を、立体音響で再現したのですが空間を感じさせる音場は圧倒的でした。
1年間の主な天文現象の節目にはナレーションを入れ、「宇宙船地球号」の旅をみなさんと味わった大変貴重な機会でした。
ライブそのものは実験的な要素が多かったため、未完成の部分もありますが、宇宙という大きなテーマによって、音の持つ創造性や可能性がさらに広がったと思います。また機会があればチャレンジを続けていきたいと思います。


◉開知さんが、サウンド・インスタレーションを行う際に、再生機器に求めるものはなんでしょうか?


宇宙の音と言っても、実際に真空の宇宙空間で音は伝達されません。音楽は大気につつまれた地球の中でだけ聞くことのできる楽しみでもあります。

ですから、宇宙的なテーマを持ったサウンドインスタレーションで大切なのは、想像力の広がりではないかと思います。音楽は感性によって十人十色のさまざまな表現が可能ですが、特にこのような空間アートは受け手の感性が大切ですから、その場に足を踏み入れた時に感じる、なんというか“空気感”みたいなものが求められます。それが環境音や周波数ノイズなどといった抽象的な表現になるほど、音響機材の役割が大きく、音質が直接、目に見えないものを感じさせる存在感につながると思います。
音の機微を正確に再生することのできる安定性、そして多チャンネルをスムーズに制御することのできるソフトウェア、インターフェースの使いやすさなど、展示の演出を影で支えてくれました。今後はその特性をいかして、デジタル音源なども加え、さらに表現力のある演出を試みたいと思いました。

あとは演奏者のパフォーマンスですね(笑)




プロフィール
[ 杉山  ]Kaichi Sugiyama

太陽系時空間地図 地球暦考案者。
静岡在住。半農半暦の生活をしながら2004年から本格的に暦をつくりはじめ、古代の暦の伝承と天体の関係を学ぶ。その過程で暦の原型は円盤型の分度器であることに気づき、2007年、太陽系を縮尺した時空間地図を「地球暦」と名づける。今、多分野から注目されているキーパーソンの一人。

太陽系時空間地図 地球暦オフィシャルウェブサイト  http://www.heliostera.com


【次回イベント告知】

[太陽系時空間地図 地球暦HELIO COMPASS 2015 〜水の惑星 地球より〜 ]
2015年6月19日(金)~ 6月27日(土)@札幌モエレ沼公園スペース1