2015/04/27

立体音響で奏でる「地球暦」の世界観


私達シンタックスジャパンは、先進的で高品位な音響機材やソフトウェアをクリエーターやエンジニアの皆様に紹介するだけではなく、真のハイレゾ・コンテンツを発信するレコード・レーベルの運営や、様々なアーティストをサポートする活動を日々積極的に行っています。

今回のブログでは、昨今各方面のメディアで注目されている「地球暦」という次世代のカレンダーを考案し、インスタレーションや講演等、様々なイベントやメディアを通じて、積極的に地球暦というビジョンを広める活動を行うアーティスト、杉山開知(すぎやまかいち)さんを皆様に紹介したいと思います。

シンタックスジャパンでは、昨年名古屋 garelly feel art zeroにて行われた【太陽系時空間地図 地球暦 -あそび / a・so・bi - 】展、そして10月に青山スパイラルガーデンにて行われたTHE ART FAIR + PLUS-ULTRA 2014での展示、さらに今年、東京お台場の日本科学未来館にて行われた、世界的に有名な理論物理学者 佐治晴夫博士との特別公演【ぼくらの地球は動いている】での音響を、全面的にサポートさせていただきました。

名古屋のイベントでは、RME Fireface 802を使った8.1chサラウンドによる立体音響システムを構築し、地球暦の世界を音で表現した音響作品を会場一杯に響かせ、まさに宇宙から太陽系を見ているような「包まれ感」を演出しました。さらに、展示の千秋楽では、そのまま8.1chサラウンドを再生しながら、総勢5名によるライブ演奏をマルチトラックで収録。

青山での展示では、地球暦のスピンオフ作品「Spaceflower」の音声を、Babyfaceを使い高音質のままヘッドフォン再生しました。


また、日本科学未来館でのイベントでは、NASAの宇宙探査機ボイジャーに託された「ゴールデン・ディスク」のプロジェクトに関わった科学者としてあまりにも有名な、佐治晴夫博士の貴重な講演と杉山開知さんとの対談を、会場のPAを行いながら同時にマルチトラック録音を行いました。ここでは、RMEのFireface UFXを使い、優秀なデジタル・ミキサーとしても使うことができるTotalMix FXソフトウェアをフル活用しながら、DAWソフトと同時にFireface UFX本体に搭載されたDURec機能をバックアップとして使用し、その全てを収録しました。

















さらに次回イベントとして、2015年6月19日(金)~ 6月27日(土)の期間、札幌モエレ沼公園スペース1にて、昨年名古屋でのインスタレーションをさらに発展させた立体音響システムを、RMEの機材を使って構築いたします。お近くにお住まいの方は是非この機会に、地球暦を立体音響で体験してみてはいががでしょうか?
地球暦の展示が行われる、札幌モエレ沼公園のガラスのピラミッド
さて、前置きが長くなりましたが、ミュージシャンとしての活動も行なっている杉山開知さんは、「音」に対しても大変造詣が深く、私達がお手伝いしたイベントでも常に「音」にまつわる展示や話が多く登場しますので、このブログの読者の皆さまにもきっと興味深く感じていただけるのはないかと思います。

では、杉山開知さんの語る「地球暦」と「音」のお話しをお楽しみください。


◉どのようなきっかけで「地球暦」を作ろうと思ったのでしょうか?また、「地球暦」とは一体なんでしょうか?


そもそもわたしたちの世代は、外から太陽系を俯瞰する視点を持つことができた初めての世代であり、これは人類にとって有史以来大きな進歩ではないでしょうか。
地球暦:太陽を中心に全ての惑星の軌道が描かれ
ており、その日の惑星の位置を即座に俯瞰で確認
することができる画期的なカレンダー 
私たちはお茶の間にいながらも、宇宙的な視点を持つことによって、太陽系という大時計が動いている背景を、環境の一部として感じはじめて来ているような気がします。近い将来は言語や文化の壁を越えて、“私たちは今ここいる”という太陽系レベルでの“共時性”を当たり前に持つ時代になると考えています。また、時間の感覚そのものは個人差があり主観的なものですが、客観的に全体を眺めることで、地球人としての私たちの立ち位置が見えてくるような気がします。そういう時代の中で、立場や個、もっと言うならば、国境さえも超えて“同じ時”を共有することのできるツールの必要性があると感じたのです。

宇宙からの視点で見てみると、“太陽・月・地球”という天体による単純な位置関係が、日常的に使っている“年・月・日”という暦の基本単位となっていることに気づくと思います。暦の本質は数字や記号というよりも、“私たちはいったい今、どこにいるのか”という存在の位置を、俯瞰して確かめることだと思います。
地球暦は、天動説(太陽暦)の視点を、あらためて地動説(地球暦)で捉えた、太陽系の地図のようなものです。

◉昨年名古屋で行われた[太陽系時空間地図 地球暦 -あそび / a・so・bi - ]展では、「地球暦」のコンセプトを、音と映像で表現していたと思うのですが、開知さんが「音」で地球暦を表現したのには何か理由があるのでしょうか?

楕円軌道の上を進む太陽系の惑星たちを俯瞰してみると、レコードの円盤のように平らな面を回ってることに気づきます。それぞれの惑星は決まった軌道上を、一定の周期でめぐっているわけです。この様子は太陽系をソーラ・システムという呼ぶように、とてもシステマチックに関わりあって、法則性のようなものを持って回転運動しています。
地球の1年は正確に、365日と5時間48分49秒ほどですが、これを1トラックという考え方をすれば、例えば二十四節気のように、きっちり24等分する節目は、楽譜やスコアの区切りのように捉えることができます。そこに新月や満月などが一定のリズムでビートを刻み、毎年同じようではあるけれども変わっていく惑星たちの動きは、見方によっては、まるで音楽の譜面のように見えてきます。
暦とは天体の動きそのものですが、惑星の動きを時間軸(タイムライン)で見てみると、その規則性が、どこか電車などのダイアグラムに似ています。定刻通り運行している惑星たちの動きが、音楽的なイメージと重なったのはごく自然なことでした。私自身もそれを実際に聞いてみたらどうなのだろうかとずっと気になっていたんです。


the time, now 2015 from HELIO COMPASS on Vimeo.


◉イベントでは「地球暦」の世界観を音で表現するために、弊社で8.1chの立体音響の再生システムを組ませていただいたのですが、実際にハイト・レイヤーを含む8.1chサラウンドを体験してみていかがでしたか?


人間が胎内で成長するとき、聴覚は早期に形成されると同時に、完成するまでにもっとも長い時間がかかる器官と言われています。
たった一枚の鼓膜が、ここまで繊細な音色をキャッチすることを思うと、人間の聴覚はどんな機材も優る受信機ではないでしょうか。音は、よく目に見えないものとして認識されていますが、極めて物理的な特性を持っています。空気や水を伝搬して振動する自然界の音は、環境中にあふれていますが、日常的に耳に入ってくるサラウンドに対して、楽曲というサウンドは、感覚や感情など、その時の風景や気持ちなどを記憶している不思議さがあります。
今回、立体音響のシステムを使って感じたことは、クリアーで解像度の高い再現性を持った機材ということはもちろんですが、音を通じて伝わる不思議な奥行きというか、場の臨場感を感じたことが第一印象でした。その場に立つと、耳から入ってくる外界の音とともに、ついつい沸き上がってくる情感に耳を澄ませてしまうんです。
特に、今回イベントで流れていた、探査機ボイジャーが収録した惑星の音(電磁波)などは、普通のスピーカーシステムでは単純なノイズのようにしか聞こえないのですが、まるで星そのもの心音や胎動のように感じたのは驚きでしたね!

◉[太陽系時空間地図 地球暦 -あそび / a・so・bi - ]展ではサイマティクスの表現もありましたが、出てくる波形の美しさにとても感銘を受けました。この展示は、どのような経緯で思いつき、どのようなシステムで動いているのでしょうか?

サイマティクスの装置 
サイマティクスというのは、例えばスピーカーの前に水の入ったコップを置くと、音に合わせて水が揺れるのと同じ単純な原理です。しかしよく考えると、触れてないのに物質が振動するというのはマジックのような驚きがあります。種を明かしてしまえば、水がある固有振動で特定の波形になるという簡単なことなのですが、実際にやってみて面白いなと感じたのは、キャップ一杯のわずかな水が、1ヘルツや1デシベルという微妙な変化をはっきりと反映していたことです。また周波数の異なる2つの音を同時に出すと、その差分で倍音が“うなり”として聞こえるのですが、美しい幾何学的な形が、生き物のように有機的に動いて形を変えて、水があたかも感情を持っているような振る舞いをしたことは、あらためて衝撃な体験でした。
今回は、各惑星の公転周期を、人間の可聴音域で聞こえる低周波に換算した音を使ってみたのですが、実際やってみるまでは成功するか不安だったんです。しかし水に話しかけるように音を丁寧に調整してくと、惑星の動きに合わせて、鮮明に波形が浮かび上がってきた時は感動でしたね。また目に見えない音や時間で、視覚的に美しいビジュアルを作ることは、とても楽しい“あそび / a・so・bi ”でした。
探査機ボイジャーが収録した惑星の音(電磁波)は、木星や土星など種類があるのですが、実は地球だけ特別な音色をしています。その理由はこの地球には14億立方kmもの水が存在し、宇宙に繊細に震動を響かせているからなんです。地球全体の水がリアルタイムでサイマティクスのように美しく響いていることを想像すると、私たちの身体の水も気持ちによって形が変わるのも不思議ではないような気がします。いい音にたくさん出会いたいと望むのは、きっと美しい形が気持ちいいと感じる、人間の本能的なところからくるものなのでしょうね。

◉展示の最終週には、9chの立体音響をバックに流しながら、総勢5名のメンバーでライブ演奏を行いましたが、このライブで表現したかったものは? 


すべてがはじめての経験で、実験的なチャレンジでした。
ライブでは太陽系の1年間を約1時間の音楽で表現するというシンプルな趣旨ですが、実際に演奏となると試行錯誤でした。
まず、惑星の公転周期を、人間の可聴域に換算した周波数を使い、それを重ね合わせて惑星の会合を表現することにしました。
そしてギャラリーで別展示をしていた日栄一雅さんの「ひかりレコード」という作品をお借りし、惑星の配置を盤の上で変えることによって、インタラクティブに周波数を出力する仕掛けを作り、サイマティクスで水を震わせる装置と連動させ、会場内に水の波紋の映像を映し出しました。

惑星の一年の動きをベースに表現した楽曲をもとに構成し、そこにサンプリングの音をDJで重ね合わせたり、エレキギターなどの生演奏や惑星周波数音叉の出す音などが加わり、太陽系の時空間を演出しました。現代美術作家のコラボレーションでサイマティクス装置の制作を実現し、さまざま環境音やパフォーミングを加えてライブを行いました。楽器以外は8.1chの立体音響を使い、音叉などのわずかな音など、壮大な宇宙を想像させるような広がりのある空間を作り出すよう工夫をしました。
また、冒頭では実際に地球が動いている時に発している電磁波の音源を、立体音響で再現したのですが空間を感じさせる音場は圧倒的でした。
1年間の主な天文現象の節目にはナレーションを入れ、「宇宙船地球号」の旅をみなさんと味わった大変貴重な機会でした。
ライブそのものは実験的な要素が多かったため、未完成の部分もありますが、宇宙という大きなテーマによって、音の持つ創造性や可能性がさらに広がったと思います。また機会があればチャレンジを続けていきたいと思います。


◉開知さんが、サウンド・インスタレーションを行う際に、再生機器に求めるものはなんでしょうか?


宇宙の音と言っても、実際に真空の宇宙空間で音は伝達されません。音楽は大気につつまれた地球の中でだけ聞くことのできる楽しみでもあります。

ですから、宇宙的なテーマを持ったサウンドインスタレーションで大切なのは、想像力の広がりではないかと思います。音楽は感性によって十人十色のさまざまな表現が可能ですが、特にこのような空間アートは受け手の感性が大切ですから、その場に足を踏み入れた時に感じる、なんというか“空気感”みたいなものが求められます。それが環境音や周波数ノイズなどといった抽象的な表現になるほど、音響機材の役割が大きく、音質が直接、目に見えないものを感じさせる存在感につながると思います。
音の機微を正確に再生することのできる安定性、そして多チャンネルをスムーズに制御することのできるソフトウェア、インターフェースの使いやすさなど、展示の演出を影で支えてくれました。今後はその特性をいかして、デジタル音源なども加え、さらに表現力のある演出を試みたいと思いました。

あとは演奏者のパフォーマンスですね(笑)




プロフィール
[ 杉山  ]Kaichi Sugiyama

太陽系時空間地図 地球暦考案者。
静岡在住。半農半暦の生活をしながら2004年から本格的に暦をつくりはじめ、古代の暦の伝承と天体の関係を学ぶ。その過程で暦の原型は円盤型の分度器であることに気づき、2007年、太陽系を縮尺した時空間地図を「地球暦」と名づける。今、多分野から注目されているキーパーソンの一人。

太陽系時空間地図 地球暦オフィシャルウェブサイト  http://www.heliostera.com


【次回イベント告知】

[太陽系時空間地図 地球暦HELIO COMPASS 2015 〜水の惑星 地球より〜 ]
2015年6月19日(金)~ 6月27日(土)@札幌モエレ沼公園スペース1







2015/04/10

「マスタリングについてのいろいろなお話」Vol.2



Vol.2では、CD制作における「マスタリングの実際の作業」について、話を進めていきたいと思います。

音楽制作は、最初にレコーディング、そしてミキシングという作業を経て、1つの楽曲が生まれるわけですが、ミックスが終わった時点では、まだ個々の楽曲が完成しましたという段階で、当然、これ自体が、そのままプレスに送られて商品となるわけではなく、1シングルまたは1アルバムという、複数曲が入った「アルバム」として完成させる必要があり、この作業が「マスタリング」ということになります。

もちろん、ただ単純に、曲順通りに並べるということで終わるようなものではなく、1つの作品を聴いた時に、その作品の世界感、流れを感じることができるようにまとめていくことが必要になるわけです。そこがマスタリングの一番重要な部分であり、マスタリング・エンジニアの腕の見せ所となります。

では、実際のところ、どのような作業を行っているのかということについて、具体的な手順を順を追ってご説明いたします。

ちなみに、昨今では、ミックスを行う際、ミックス・エンジニアさんは、AVID 社のPro Toolsで作業されていることが多いため、マスタリング・スタジオでも再生機としてPro Toolsを使うことが多いです。もちろん、これはデジタル音源の場合です。今でも、たまに、アナログ・テープ音源からマスタリング、なんてこともありますので、そういった場合は、アナログ・テープ・レコーダーを使用しますし、もう希有なことでしょうけど、DATテープがマスターならDATデッキという場合もあるのかと思います。ただ、今では、多くの新譜音源はファイルで持ち込まれますので、このブログでは、それを前提に話を進めていきたいと思います。最近のマスタリング用の音源素材としてはWAVファイルがほとんどで、48kHz / 24 bitだったり、88.2kHz、96kHz、等々周波数は様々です。44.1kHzの場合もありますが、あまり多くはないです。

CDフォーマットが44.1kHz / 16bitなのに何故ミックス音源のサンプリング周波数が、それよりも上なのかということに疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんので、一応、私の観点から話をさせていただくと、生楽器や生唄の場合、少しでも情報量の多いスペックの方が一般的には音が良いからです。かと言って、96kHzや192kHzなら必ず音が良いかというとそういう訳でもなく、どのくらいのスペックでミックスを仕上げるかはエンジニアさんや、プロデューサーさん、アーティストさんの意向、また、楽曲や作業上の問題だったり、理由は様々なのです。
ただ、持ち込まれたマスタリング用素材音源が、どのようなサンプリング周波数のものでも、ミックスの時点では、それが1曲としての完成品ですので、マスタリング・エンジニアにとっては、それらをどのように「アルバム」という1つの作品に仕上げていくかが腕の見せ所!ということになります。
では、作業の手順を紹介したいと思います。


1. レーベル・コピー
まずは、音源よりも前に/または同時に、レーベル・コピーと言われるレコード会社
さんが発行する、アルバムに関する様々なデータが記載されたシートをもらいます。これ
がないとプレスに持ち込むことが出来ません。
レーベル・コピーには、以下の情報が含まれます。
なかでも最も重要なのは「Disc No.」です。 何故かというと、プレス工場では「Disc No.」でラインが動くので、最後にマスター・ディスクを作成するときに、ファイル・セットに通常は「Disc No.」を使用するからです。そして、マスタリング・スタジオでは、後々のトラブルに対応するために、しばらくの間、確実にバックアップをハードディスクに保管していますので、問い合わせがあった場合に探しやすいように、マスタリング時にも「Disc No.」でプロジェクトを管理しています。もちろん私もそのようにプロジェクト管理していますし、おそらく多くの他のマスタリング・エンジニアさんもそうだと思います。
もちろん曲順も重要ですが、曲順は、時々現場で変更する場合もありますので、間違いが起きなければ、曲順は特に問題にはなりません。そして、POSやISRCもプレス・マスター作成時に入力しますので、それらも事前に用意して頂くためにもレーベル・コピーはとても重要なものになります。レコード会社さんにとってもこれが最終的にJASRAC登録の際、また社内管理の際に重要なデータとなります。
インディーズ・レーベルの場合は、レーベル・コピーというものを作成しない場合がほとんどですので、事前に最低でも「Disc No.」「アーティスト名」「アルバム・タイトル」「各曲のタイトルと曲順」がわかるようにお願いをしています。最近はISRCの取得は簡単に出来ますので、アドバイスさせて頂いて、アーティストさんの方で取得をお願いしています。これを私がやってしまうと、権利関係が発生してしまうからです。


2. 音源再生
ミックス音源を受け取ったら、まず音源再生用のPro Toolsに音源を取り込みます。この際、レーベル・コピーにしたがって、曲順に並べるのですが、これは、作業の際、曲順の間違いを起こさないためです。


3. マスタリング作業
ここから、実際のマスタリング作業がスタートします。

一般的には、以下のように接続された機材を通して、データをSEQUOIAなどのマスタリング用編集機へと録音します。

Pro Tools(納品されたファイルの再生)

DAコンバーター

Analog EQ、Compなどでの処理

ADコンバーター

ケース・バイ・ケースですが、デジタルエフェクター等での処理

SEQUOIAなどのマスタリング用編集機へ録音し、さらに微調整

というのが、比較的オーソドックスな回線になります。

私が使っているアンズサウンドでの
アウトボード コンバーター、エフェクター群 
音質の調整、音のレベルなどは、基本的には、上記の作業の中で行います。
もちろん、実際に使うエフェクターの順序や、デジタルとアナログの両方を使う場合にはどちらを先に使うかなど、エンジニアさんにより様々で、この過程の中で最初にPro Toolsのプラグインを使用する場合もありますし、SEQUOIAなら、優れたプラグインが最初から入っていますので、最後にデジタルEQなどで最終調整という場合もあります。SEQUOIAのプラグインについては、第3回でもまた詳しくお話しますが、大体はこのようにして、マスタリングに持ち込まれたミックス音源と比較し、最終的に客観的な「ジャッジ」をして、各曲の音を調整したり、音のレベルを上げたり下げたりして、全体を通して聴きやすくしていくのです。
音の調整はミックスがとても良ければあまりやることもないですが、レベルを上げたり、他の機器を通すことにより、必然的に音のニュアンスも変わってくるので、Pro Toolsから直接の音と、調整後の音の比較をしたり、マスタリング・エンジニアが客観的に聴いて感じたことも踏まえつつ、アーティストさん、ミックスしたエンジニアさん、プロデューサーさんの意向などを確認しながら、デジタルとアナログ、両方を使って音を整えていきます。何度も一緒にお仕事している方だと、大まかな方向性がわかっていて、お任せで作業というようなこともありますが、基本的には、このような流れで作業を進めます。

ここで、「ジャッジ」と言ってもどういう視点でジャッジするの?という疑問が、きっとみなさんの頭をよぎったと思います。この部分に関して少しお話ししたいと思います。
マスタリング・エンジニアは、日々の作業の中で通常の人とは比べものにならないくらい数多くのミックス音源を聴いています。マスタリングは、レコーディングやミックスなどの作業と違って、1タイトルあたり、大概は1日とか2日程度で作業が終わるので、結果として、相当なミックス音源を聴いていることになります。その中で、ジャンルによっての基本的な方向性とクライアントさんが臨む方向性を勘案して、音決めをして、「このような感じでどうでしょうか?」という具合に、経験と感性に基づき「ジャッジ」しながら、進んでいきます。音源によっては、あまり音の調整を必要としない場合もありますし、逆に大きく調整をしなければならない場合もありますが、その辺りも含めて、総合的に「ジャッジ」して最終的に音をまとめていくのです。


4. モニタリング環境に関して
当然、モニター・スピーカーの環境もマスタリング・エンジニアが「ジャッジ」をする際に非常に重要なファクターとなります。
YAMAHA NS-10M

ミックス作業の際に、Pro Toolsを使うことが主流となり、自宅環境や小規模なワークルームでもミックスが可能になってからというもの、多くの作品が、ラージ・スピーカーの無い環境で作られた後、マスタリング・スタジオへ納品されてきます。そのような環境においては、一般的に、YAMAHAのNS-10Mや、それと同等程度の大きさのスピーカー、または、同時にラジカセやヘッドフォンなどでモニターしているかと思います。

ただ、当然ですが、マスタリング・スタジオでは、あらゆるリスニング環境を考慮して「ジャッジ」を行うことが必要なため、スモール・スピーカー、ラジカセは当然ですが、必要に応じて複数種のヘッドフォンでもチェックを行います。それから、言わずもがな、ラージ・スピーカーでのチェックは必須の作業となります。

例えば、ライブハウスなどで、BGMとして使われた音源が、やけにブーミー(低音が膨らみ過ぎているため)に聞こえたり、普段聞き慣れたものとは似ても似つかない低音だったとか、そんな経験はありませんか?
アンズサウンドのモニタリング環境
このようなことが起こらないようにするためにも、ラージ・スピーカーでのチェックは必ず必要になります。
また、複合施設などで、BGMとしてかかっている音楽が、さりげなく耳に入ってきて記憶に残ったり、まったく記憶に残らなかったり…そんなこともあるかと思います。このように、いろいろなシチュエーションでの再生を考え、その楽曲にあったベストな音を模索し作るのがマスタリング・エンジニアの重要な仕事となります。

そして、もちろん、「音圧」も重要なファクターです。

一時はレベル競争が激しい時代もありましたけど、最近は、逆に、マキシマイザーなどを使い極限までレベルを稼いだ、パツンパツンの四角い波形を嫌う方もずいぶんと増えているように感じます。 
私は元々、過剰なレベル競争には乗りたくなかったので、それぞれの楽曲にあった適正なレベルで、尚かつ、ラジオや様々な場所でのBGMとして聴いた時に、耳に残るようなサウンド作りが良いと信じ仕事をしてきました。もちろん、マスタリング・エンジニアによって考え方は、多少違うかもしれませんが、「ジャッジ」するための規準は、それぞれ持っていて、それに基づきモニター・レベルなども決めていますので、最低限でもこれくらいの音圧は確保するぞというところで、みなさん落としどころを決めているのだと思います。

また、ミックス作業とマスタリング作業の違いに関しても、少しお話ししたいと思います。

ミックスの作業とは、各トラック、楽器、それぞれのバランスを取っていく作業、ということになりますが、マスタリング作業の場合は、すでに2ch音源になっているので、例えば、「ボーカルをもっと聞こえやすくしたいんだよね」ってマスタリングの時点で言われた場合に、ボーカルと同じ中域にある他の音にも多少なり影響してくるので、そのあたりをどう上手く調整していくのかという話になっていきます。マスタリングでの作業の場合には、こういった調整が最も難しいところなんですが、具体的には、ミックス音源に依って当然アプローチが違ってきますが、例えば、コンプのかけ方で調整してみるとか、EQで調整するなら、思いっきり下の方、Lowを調整することで、上の方の音のニュアンスが変わってきたり、不要な周波数の部分を少し削ってみたり、足し引きで調整するなど、いろいろなやり方を試してみて、最終的に1番良いと思う方法を選びます。



5. 曲間・PQコード・DDPファイル
マスタリング・ソフト「SEQUOIA」 
これらの行程が終わると、最後に曲間を決めていきます。
具体的には、フェードインやフェードアウトを調整したり、曲間にクロスフェードを施したり、カットイン/カットアウトなどの編集を行いながら、それぞれの曲間の調整するわけなんですが、これで、やっとすべての曲が並べ終わります。

そのあとに曲間などの最終チェック行い、OKの場合は、次のステップとして「PQコード」を入れます。「PQコード」とは、曲のスタートとエンドを定義するコードですね。PQを入れ終わったら、次に、各曲のISRC、そのアルバムに付随するPOSを入力して、DDPファイルに吐きだします。この辺りの作業は、すべてSEQUOIAなどマスタリング・ソフト上にて行います。

第1回でもご説明させて頂いた通り、現在では、プレス・マスターはDDPファイルが主流となっていますので、CD-R納品は、ほぼないと言って良いかと思います。

また、少し話が前後しますが、DDPファイルを作成する前に、「PQシート」というものを出します。これは、DDPを作成した時のタイム情報、ISRC、POSなど、そういったものが記載されているファイルです。
PQシートのサンプル
PQシートは、プレス工場でマスターとシートを照らし合わせて、間違いがないかどうかをチェックするために必ずDDPファイルに添付します。
過去に、工場に納品されたプレスマスターで、DDPファイルに添付されていたPQシートとDDPファイルの作品が違うものだったという事故の話も実際に聞いたことがありますので、プレス工場では、毎回この部分は、きちんとチェックしているようですね。もし、そのままプレスされてしまったら、大変な騒ぎだったと思います。(笑)


6. 検聴
DDPファイルを作成したら、DVD-Rなどに記録します。
これで作業は終わり!とはいきません。
このDVD-Rに記録されたものをLoad Backして、検聴します。
つまり、DVD-Rをもう一度PCに読み込み、最終のチェックを行うというわけです。
検聴は必ず通しで聴いてチェックします。

ほとんどの場合、トラブルはありませんが、マスタリング・エンジニアがこの作業に手を抜かず必ず全聴チェックするのは、万が一の事故を防ぐためです。プレス工場に納品する最後の行程ですので、非常に重要な作業となります。
ここでトラブルがあった場合、最悪、全プレス枚数の回収という事態にもなりかねません。大変な金額の損害がでることは想像に難しくないですし、なにより大切な「信用」も、そのたった1回の失敗で失うことになります。コンピューターは万能ではありませんから、完全に信頼して、チェックを怠ると、後でとんでもないしっぺ返しが待っているかもしれませんよ!
最近ではノイズ・チェックなどの記載は、結構、端折っている方も多いでしょうけど、以前は、ちょっとしたリップ・ノイズや楽器ノイズなどの記載をしなかっただけで、プレス工場から「ここにこんなノイズが入っているのですが大丈夫ですか?」なんて問い合わせがあったりしたのです。まぁ、今となっては古き良き時代ですね。(笑)
今は工場ではそういったチェックはしてくれないところがほとんだと思いますのでマスタリング・スタジオが最後の砦です。
全聴チェックの際、マスタリング・エンジニアは曲に感情的にのめり込みすぎないように「地獄耳モード」で聴くのですけど、私達マスタリング・エンジニアはそういう聴き方に慣れてしまっていて、普通に音楽を聴いているときでも、ノイズに敏感に反応してしまったりして…職業病ですね。(笑)

以上がマスタリング作業の流れになりますが、エンジニアさんによっては、少しやり方が違う場合もあるかもしれません。私がマスタリング・エンジニアとしてやってきていること、それから、他のエンジニアさんからヒアリングしている情報をまとめてみました。基本的な流れとしてはだいたい同じような流れ、ということでご理解くださいませ。

さて、次回は、NYのSTERLING SOUNDをはじめ、国内のトップ・マスタリング・スタジオの多くも導入している、SEQUOIAについて、詳しくご紹介したいと思います。わかりやすく皆さんに紹介するために、所々、私がSEQUOIAを使う前に長年使っていたSonicとの比較を織り交ぜながらお話をしたいとおもっています。

乞うご期待!



プロフィール

Mastering Engineer
粟飯原友美(あいばらともみ)

レコーディングスクール卒業後、マスタリング・エンジニアとして株式会社ハリオンに入社。2002年ハリオン退社後、アンズサウンド(後に株式会社アンズサウンド)に加わる。昨年(2014年)9月にアンズサウンドを退社、独立し、10月より屋号Winns Masteringとして活動を開始。2013年頃からは、CDマスタリングのみならず、ハイレゾ、特にDSD編集マスタリングなどにも力を入れて、SACDの作品にも関わっている。
メイン・マスタリング・スタジオは引き続きアンズサウンドを使用。1bit編集は、KORGのスタジオ、G-ROKSにあるClarity(試作品ゆえ、使えるのは国内で3人ほど)を使い、その音源を元に、アナログ アウトボード機器を使ってマスタリング。1bitの限りない可能性、そして、音の質感、空間の広さなど、素晴らしいサウンドを多くの方に体験して頂きたく、今後、この分野でさらに活躍し、大きく動いていく予定。もちろん、CDマスタリングも従来通り継続し、ロックからクラシック、ジャズまで、幅広い作品に携わっている。ロックのような力強さと、ジャズ、クラシックのような繊細さを使い分け、楽曲のもつ世界を引き出すことに定評がある。

代表作抜粋と関わった主なアーティスト
松居慶子「Soul Quest World Tour〜Live in Tokyo〜」
(2015年4月22日発売、5月下旬アメリカ発売予定)
北村憲昭指揮 スロヴァキア・フィルハーモニー・オーケストラ「運命、他」
(SACD 4.0chSurround)
北村憲昭指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー・オーケストラ「海、他」
(SACD 4.0chSurround)
北村憲昭指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー・オーケストラ「火の鳥、他」
(SACD/CD Hybrid)
Jikki「Pop Metal Guitar Venus +1 Remastered」
CONVENIEN STYLE「カラジウム」
Pearl「Profess」
トライポリズム(美勇士)「トライポリズム」
Camel Rush「Life is once」
HEROZ SEVEN+「サムライロード」
葉加瀬太郎meet 原田太三郎「THE BEST VISION」
古澤巌「ダンディズム・ヴィンテージ」
山根麻以「やさしいきもち」「きんのひも」
高橋洋子「あ・う・ん」
イカルス「イカルスの逆襲」
織田裕二、影山ヒロノブ、柳兼子、鳥羽一郎、Nona Reeves、Spicy Chocolate、渡辺豪、JazzDialogue
等々 他多数

Winns Mastering 連絡先
TEL:044-712-0813
E-mail:aibara@winns-mastering.com
URL:http://winns-mastering.com