2012/12/21

RMEとDSD

DSD、何者ぞ

Thunderboltと並んで最近よく聞かれるのが、DSDというキーワード。曰く、なめらかで艶のある音質。曰く、原音に忠実な再生。曰く、PCMより容量が軽い、云々。そして「RMEはDSD対応しないの?」というのが、このごろのよくあるお問い合わせの流れです。ご存じの通りRMEは自分たちが必要性を感じたものは是が非でも実現するメーカーですが、DSD対応製品が存在しないということは、彼らが必要性を感じていないということなのでしょう。では、そもそもDSDって本当のところどうなんでしょうか。

PCMもDSDも入口と出口は1ビット

まず、そもそもDSDっていったい何?という方は、下記のサイトなどをご覧ください。

Direct Stream Digital - Wikipedia
DSDに詳しくなろう!|Venetor Sound

最近よく聞かれるようになった単語なので、DSDというと従来とまったく違う新しい技術だと思われがちですが、実は現在主流のDACやオーディオ・インターフェイスに使われているAD変換、DA変換のチップは、DSDであってもPCMであっても同じデルタシグマ(ΔΣ)型とよばれるものが使用されています。これは、16ビットや24ビットといったマルチビットのデータを直接扱うよりも、1ビットのデータを高速で扱う方が、0と1が基本のデジタルの処理においては設計や製造など何かと楽だからなんですね。なので、RMEを含むPCMのオーディオ・インターフェイスであっても、みんな実は1ビットでΔΣ変換された音を聞いていた訳です。
では、PCMとDSDではどこが違うかというと、下図のようにPCMでは一旦1ビットでΔΣ変換された音を、16ビットや24ビットにまとめて、さらに44.1kHzや96kHzなどにサンプリングレートを間引いてデジタル信号化しています。


一方で、DSDの方はというと、ΔΣ変換された1ビットのデータをそのまま録音し、そのまま再生します。PCMのように途中にフィルタが入らないので、加工の課程が少ない分原音に近い、という理屈なんですね。


では、そもそも入口と出口では同じデータなのに、なぜPCMでは余計な処理を挟んでわざわざ変換するのでしょうか? そのもっとも大きな理由のひとつとしては「編集するため」ということが挙げられます。

1ビットのデータは編集できない

ごく大まかに言えば、ΔΣ変換の原理は、つねに変化する波形の中でその瞬間瞬間の電圧を読み取り、次のサンプルを読み取る時に、1つ前のサンプルのデータと比較して差分(大きい小さい)を取得し、その先のカーブが上昇していくのか水平なのか下降していくのかを判断しながら、1と0に置き換えていくというものです。下図のように、波形が上昇傾向にある位置ではデータに1が多く表れ、下降傾向にある場合は0が多く表れるようになります。この演算をものすごく高速で回していくことで誤差を抑えるようにしています。「1ビット」というように、ひとつひとつのサンプルは1と0しかないのですが、前後の数字の並びで波形を表現するんですね。


ということは、ひとつひとつのサンプルは絵で言うと白か黒で塗りつぶされた2種類の状態しかないということで、ある瞬間の音声データを切り取って変更しようにも、黒を白にまたは白を黒にしか変えらないということになります。そこで、PCMではDSDデータを一定期間で区切って一旦ちゃんとした絵に変えて蓄積していくという作業を、前述のフィルタによって行っています。これによって、一つ一つのサンプルのデータは一枚の絵となり、それを例えば48kHzのサンプルレートであれば1秒間に48,000回めくることでパラパラ漫画のように動いて見せているわけです。そして、それぞれの絵の色合いを変えたり絵そのものを変えたりすることで、動画を好きなように編集できるのです。ちょうどイコライザやエフェクトをかけるのがそれに相当します。
あと、DSDでは前後のデータのつながりがあって初めて意味を持ちますので、好きなところで切ったり貼ったりすると、そこでデータが破綻するという問題も生じます。


このように、編集できないという特性のため、DSDのコンテンツの作成には、一発録音で生演奏をレコーダーで取り込んだり、アナログのマスターをAD変換したり、あるいはPCM音源であるデジタル・マスターをDSDにコンバートするしかありません。DSDを編集するためのソフトも開発されているようですが、結局は裏側でPCM的な変換を行って編集しそれをまたDSDに戻しているに過ぎません。また、ハードウェア面で言うと、DSDはΔΣ変換したままのデータを扱うので、ADに使用されたチップと、DAに使用するチップの違いにより互換性の問題が生じることもあるようです。このような苦労をするのであれば最初からPCMで再生すればいいのでは?と思ってしまうのですが・・・。

USB転送での問題

DSDをPCで再生する際には、もう一つ壁があります。PCからDSDのデータを外部のDACやオーディオ・インターフェイスに転送するための標準規格が用意されていないのです。現在主に使用されているのはSteinbergが2005年に発表したASIO 2.1という規格と、今年になって登場したDoP(DSD Audio over PCM Frames)という規格になります。しかし、ASIO 2.1はMacでは使用できず、DoPについてはその名の通りPCとDACにDSD信号をPCMに見せかけて転送しているため、DAC側はPCMとDSDの両方を受け付けなければならず、例えばDSDで音楽を再生中にOSの警告音(PCM)が鳴ってそれが転送されてくると、DACは一時的にDSDとPCMを切り換えなければならず、音切れが起きる要因となったりします。そんな苦労をするならやっぱりPCMで再生すればいいのでは?と思ってしまうのですが・・・。

・・・ということで、DSDにはなかなか一筋縄ではいかない事情があるようです。とは言うものの、これだけ話題になっているというのは、やはりその音質に皆さん期待をされているのだと思います。ただ、音質を決定づけるのはデータ・フォーマットよりも、クロックの精度やドライバの性能などの要素の方が大きいということは、RMEをお使いの皆さんなら十分実感されているのではないでしょうか。