2015/03/26

「マスタリングについてのいろいろなお話」Vol.1


こんにちは。マスタリング・エンジニアの粟飯原です。
これから、3回にわたって「マスタリングについてのいろいろなお話」をさせて頂きます。

この記事を読んでいらっしゃる皆様は「マスタリング」と聞いてどのような作業を想像するでしょうか?
マスタリングに関わらない多くの方は、漠然としたイメージで、何をしているのかよくわからず、簡単に説明しても、「要するに曲間作ったり、ID入れたりして工場に送るためのマスターを作っているのね?」というような理解の方が多いと思います。

現在の音楽業界では、予算がなくミキシング・エンジニアの方が最後まで仕上げてマスタリングは省略といった作品もありますが、実際のところ、マスタリング・スタジオでは、どういう作業が行われているのか、そして、どういった編集システムが使われているのか、私が長年使ってきた編集システム、Sonic Studioと、最近使い始めたSEQUOIAとの比較も交えて、基本的にはCDマスタリングに特化して話を進めて行きたいとおもいます。

さて、私がマスタリング・エンジニアを目指してスタジオに入ったのは、1995年、今からちょうど20年前になります。一応その頃からの歴史的な変遷にも触れておきましょう。
当時、マスタリングの編集機の主流は、SONYのDAE-3000(DAE-1100)という編集機を中心としたPCM-1630システム、それから、ちょうどその頃、やっとパソコンを使ったシステムとして多くのスタジオが使い始めていたのが、今のSonic Studio社のsoundBladeの元となったSonic Solutions(以後Sonicと省略)というMacintosh 英語版OSでのパソコンを使ったシステムでした。また、Digidesign社のMaster List CDというのもありましたが、多くのマスタリング・スタジオでは、前述の2つが主なマスタリング用のシステムでした。なお、CDプレス・マスターは、U-MATICテープと言われるビデオテープに楽曲データを記録、また、Sonicが使われるようになってからは、PMCDと言われるCD-Rも納品形態として少しずつ浸透してきました。
ちなみに、U-MATICテープ《3/4(シブサン)とも言う》は、通称「お弁当箱」とも呼ばれていましたが、これは、テープの大きさがだいたいそれくらいの大きさのものだったからです。





PMCDとは、「プリマスターCD」の略です。CD-Rがプレスマスターとして運用可能にり、本来のPMCDというものが作成出来なくなってしまった現在は、「プレスマスターCD」という意味として、「PMCD」という言葉だけが一人歩きしてしまっているようですね。
ちなみに、皆さんが通称「マスタリング」と呼んでいる作業(ここでも便宜的にマスタリングと書いていますが)は、本来「プリマスタリング」というのが正式名称なのですが、随分前から、「プリマスタリグ」が正式名称と認識している方でも、便宜的に「マスタリング」と言うようになっています。ですから、もちろん「マスタリング」という言い方で問題はありませんが、正式には「プリマスタリング」ということになります。

さて、PMCDについては、当時(そしてその後も)いろいろと誤解もありましたが、SonicとソニーのCDW-900EというSCSI仕様の、もうとっくに販売終了になっているCD-Rドライブの組み合わせでしか作成出来ないもので、日本独自の規格です。一時の時代のもので、あまり長くは続かなかったですが、CD-Rは、当初、記録媒体としての耐久性が良く「CDは100年持つ」と言われるくらいでしたから、信頼性が高いという触れ込みだったのですが、結局は時間と共に劣化は免れず、保管状態が悪ければ、何年も持たないし、記録媒体に依存するのでプレスマスターとしての信頼性というのが崩れてしまったのです。

U-MATICは、結構長く続いていましたが、これを使えるのがSONYのPCM-1630というプロセッサーとDMR-4000というレコーダーの組み合わせしかなく(注:私が業界に入る前には他の機器もあり、PCM-1630+DMR-4000というのは最終バージョンの組み合わせです)これが生産完了になり、また、生産完了から10年経つと保守メンテナンス義務がなくなること、そして、修理のパーツがもう手に入らないという時期にきてから徐々にプレスの納品形態はDDPファイルというものに切り替わっていきました。

DDPとは「Disc Description Protocol(ディスク・ディスクリプション・プロトコル)」の略で、メリットとしては、ファイルなので、保存性に優れている事です。(HDDなどへのバックアップも可能ですし、海外とのやりとりもインターネットを使ってすぐに送ることができます。日本では、だいたいDDPファイルのプレス・マスターをDVD-Rでレコード会社などに納品、レコード会社は独自のサーバー・システムにバックアップを取ってプレス工場に送るところが多いようです。

ちなみに、東日本大震災時には、大変大きな揺れにより、プレス工場で、ディスクの落下、破損事故があって使えなくなったマスターがあり、レコード会社のバックアップから、マスターを再作成した例もありました。

なお、DDPのデメリットとしては、専用のソフトウェアがないと再生できないということになるのですが、これはU-MATICテープにしても、再生する機器がなければ聴くことができなかったので、当時は、音承としてDATなどにコピーをしてU-MATICテープと一緒にクライアントさんへ渡していました。ちなみに、「音承」(おんしょう又は、おとしょう)とは、サウンド、レベル、ノイズ等含めて、これを聞いて最終承認ということでよろしくお願い致します、という意味でお渡しするものです。 そして、今はDDP(DVD-R)と一緒にCD-R(CD-DA)、又はWAVファイルに切り出して、それを、CD-R又はDVD-Rに記録して試聴用としてお渡ししています。

なお、DDPについてもっと詳しく知りたい方は「CD用マスタDDPファイル互換性ガイドライン」というのが日本レコード協会のウェブサイトにありますので、そちらを参照してください。


機器に話を戻します。
当時、主流だったSONYのDAE-3000システムですが、これは元々、再生も録音もU-MATICテープでDMR-4000を2台使って編集するシステムでした。私もこれを使っていた時代がありましたが、今手元にあっても、もう使えないでしょうね。(笑)

DMR-4000は、デジタル機器ですが、使い方はアナログ的で、フェードアウト・フェードインは手動でフェーダー握ってやりましたし、一応、クロスフェードもかけられたはずなので、ポイントを決めて、、、と言っても、今のパソコンのような波形画面が出てくるわけではないので、音を聴きながら、ポイントを決めていくというようなやり方をしていたと思います。もう、使い方は遠い記憶の彼方ですが、、、。
ですから、CDの収録時間の規格を超えそうなぎりぎりのアルバムなどの作業の場合、曲のENDや曲間の取り方等、とても神経を使って、最後に「あー、ギリギリ収まったー!!」なんて安心したり、結構、音作り以外のところでも神経を使ってましたね。(笑)

ちなみに、このDAE-3000の編集機システムでは、ビクターのデジタルEQとSONYのLIMITERの組み合わせがよく使われていたようです。
私がいたスタジオもそのようなシステムでしたし、他のスタジオさんに見学に行った時にも同じようなシステムだったと記憶しています。このシステムに途中に噛ませるデジタルEQやCOMP/LIMITERなどの機器がほとんどなかったのでしょうね。
そして、もちろんこのシステムではデジタルテープ(U-MATIC)同士の編集だけでなく、アナログテープ(1/4や1/2など)やDATからの編集も、ポン出しですが可能でしたので、本当にアナログ機器と同じような、集中力を要する、まさに技術者の仕事でした。

さて、このSONYのシステムに対して、Macベースで動くSonicですが、これは昨今の編集システムと同じようにパソコン取り込んで編集することが出来たので、作業的には、かなり楽になりました。アナログEQやCOMPなども使えるようになり、そして、最後にU-MATICテープにコピーするだけでしたので、編集のやり直しも出来て、曲間も後から調整出来るし、、、今では当たり前のことでしょうけど、それまではSONYのシステムが長く使われてきたようでしたので、それに比べると画期的だったわけです。

元々、Sonic Studio社は、ノイズ除去のソフトウェアから始まった会社との話を後で聞いたのですが、当時から、NoNoiseというプラグインが入っていて(オプションだったと思います)、これがなかなか使いやすく、当時から結構性能が良かったのを憶えています。

そのうちに、Sonicを使うマスタリング・エンジニアも増えてきて、Sonicユーザー・ミーティングという会も開催されたりして、バージョンアップの度に説明会があったり、ユーザーから、バグなどの改善や要望など、意見交換する場もあり、マスタリング・エンジニア同士の交流も時々ありました。Sonic Solutionsはその後、Sonic Studio HDへと名称が変わり、Mac OS9で最終バージョンを迎えディスコンとなり、今は、soundBladeというソフトウェアとして残っています。私としては、OS9のSonic Studioがとても使いやすく、去年、長年育ててきた株式会社アンズサウンドを退社するまでは、ずっとこのOS9での最終バージョンを使ってきました。今でも、マスタリングでアンズサウンドのスタジオを使うので、Sonicは度々使いますが、去年の秋、独立してからは、ドイツMAGIX社のSEQOUIAを使うようになったので、今は、両方使っています。

連載1回目はこの辺りでおしまいですが、この3連載の中で、具体的なマスタリング作業の流れ、そして、それぞれのソフトが、具体的にどういう部分に特化しているのか、そして、また、SEQUOIA 13の使いやすい部分などについても、お話したいと思いますので、どうぞお楽しみに!

プロフィール

Mastering Engineer
粟飯原友美(あいばらともみ)

レコーディングスクール卒業後、マスタリング・エンジニアとして株式会社ハリオンに入社。2002年ハリオン退社後、アンズサウンド(後に株式会社アンズサウンド)に加わる。昨年(2014年)9月にアンズサウンドを退社、独立し、10月より屋号Winns Masteringとして活動を開始。2013年頃からは、CDマスタリングのみならず、ハイレゾ、特にDSD編集マスタリングなどにも力を入れて、SACDの作品にも関わっている。
メイン・マスタリング・スタジオは引き続きアンズサウンドを使用。1bit編集は、KORGのスタジオ、G-ROKSにあるClarity(試作品ゆえ、使えるのは国内で3人ほど)を使い、その音源を元に、アナログ アウトボード機器を使ってマスタリング。1bitの限りない可能性、そして、音の質感、空間の広さなど、素晴らしいサウンドを多くの方に体験して頂きたく、今後、この分野でさらに活躍し、大きく動いていく予定。もちろん、CDマスタリングも従来通り継続し、ロックからクラシック、ジャズまで、幅広い作品に携わっている。ロックのような力強さと、ジャズ、クラシックのような繊細さを使い分け、楽曲のもつ世界を引き出すことに定評がある。

代表作抜粋と関わった主なアーティスト
松居慶子「Soul Quest World Tour〜Live in Tokyo〜」
(2015年4月22日発売、5月下旬アメリカ発売予定)
北村憲昭指揮 スロヴァキア・フィルハーモニー・オーケストラ「運命、他」
(SACD 4.0chSurround)
北村憲昭指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー・オーケストラ「海、他」
(SACD 4.0chSurround)
北村憲昭指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー・オーケストラ「火の鳥、他」
(SACD/CD Hybrid)
Jikki「Pop Metal Guitar Venus +1 Remastered」
CONVENIEN STYLE「カラジウム」
Pearl「Profess」
トライポリズム(美勇士)「トライポリズム」
Camel Rush「Life is once」
HEROZ SEVEN+「サムライロード」
葉加瀬太郎meet 原田太三郎「THE BEST VISION」
古澤巌「ダンディズム・ヴィンテージ」
山根麻以「やさしいきもち」「きんのひも」
高橋洋子「あ・う・ん」
イカルス「イカルスの逆襲」
織田裕二、影山ヒロノブ、柳兼子、鳥羽一郎、Nona Reeves、Spicy Chocolate、渡辺豪、JazzDialogue
等々 他多数

Winns Mastering 連絡先
TEL:044-712-0813
E-mail:aibara@winns-mastering.com
URL:http://winns-mastering.com